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旅行・地域

先日、東京へ行ってきました

18、19日の日・月の休日二日間を利用して、東京の神田古書店街へ行ってきました。

夕方ののぞみ号で京都から東京へ。
神田のビジネスホテルに宿を取ったのですが、日曜日の夜にもなると
神田は東京の中心の一角なのに、閑散としたものでした。
居酒屋のほかには営業中の飲食店も無いのです。

やむを得ずコンビニエンスストアでスパゲティほかを仕入れたのですが
応対してくれた店員は中国人女性でした。
翌朝、ホテルの食堂で朝食を摂った時に応対してくれたウェイトレスも中国人女性。

大阪で働くワーキング・プアの一人としては、
(当該国政府の傲岸非礼ぶりへの反感は別として)
この就職難の時代に「なぜ日本人の若者がこういう店で働こうとしないのだろう?
代わりに中国人が孜々として働いてくれているじゃないか」と思ったのですよね。
コンビニエンスストアは、24時間営業。ホテルの食堂も
朝7時半開業なのですから百人以上の客の食事を準備するには
未明から働かねばならないはず。肉体的、精神的負担はかなりのものでしょうが
異国の地で彼らはそうやって働いてくれています。
非正規労働者の一人としては、「選ばねばいくらでも仕事はある」という言葉に
強烈な反感を覚えますが、一面の真実でもあると感じました。

東京駅で荷物を預けた後、地下鉄で神保町へ。
賀川豊彦が名付け親のキリスト教古書店「友愛書房」で
矢内原忠雄の旧約聖書エゼキエル書講解、
山室軍平のルカ福音書講解を買うことができました。

また他の古書店では、救世軍のパンフレット『聖潔之栞』
(キリスト者に求められる、肉の欲望や悪念との訣別、克服を説いた書です)
内村鑑三の『求安録』(岩波文庫)を入手。『求安録』は持っている岩波文庫が
ぼろぼろなので、出来るだけ新しいのを欲しかったのです。

予定では、この後に東横線・都立大学駅近くの「内村鑑三記念今井館」を訪ねて
私の精神上の恩人の一人である内村鑑三を偲ぼうと思っていたのですが
財布を見ると、帰りの新幹線のチケットのほかには
3,000円弱を残す程度になっていました。そこで「今井館」を訪ねるのは断念せざるを得ず
真に心残りなことでした。

歩いて神田駅まで行こうとしたら、なぜか御茶の水駅に出てしまい、
街頭である人から『ビッグ・イシュー』を購入。
丁寧な礼に痛み入りつつ、その人の境遇改善を祈りました。
両親の支えが無ければ、精神も肉体も病んで北海道での仕事を辞めざるを得なかった私は
あっという間に札幌でホームレスに転落していたことでしょう。
ですから他人事だとはどうしても思えないのです。

嘗て旧東独のホーネッカー議長は「我国にはホームレスは存在しない」と豪語していましたが
その裏にあったものは今や暴かれました。
良い意味で我国にホームレスがいなくなり、すべての人が
最低限の衣食住を確保できるようになるのはいつのことなのか。
自分に出来ることを僅かでもしていくほかありません。
若者には上で述べたようにまだ仕事はあるでしょう。
しかし中高年に達した人々には。

ハリストス正教会のニコライ堂を訪ねたいとも案内図を見て思ったのですが、断念。
遠隔地への旅には精神的、金銭的余裕が必要だとあらためて思い知らされた次第です。

JRの路線図を見て思うのは、昭和史のことばかり。
荻窪の名には近衛文麿公爵の「荻外荘」を連想し、巣鴨からは
当然ながら巣鴨プリズン。なぜか暗い歴史のことばかり思い浮かんできました。

銀座まで行き、キリスト教出版社兼書店の教文館へ。
欲しい本が山と置かれていましたが、断念。この連続でした。

立ち読みだけしてきたのですが、とあるキリスト教雑誌の左翼的主張としか思えない
「天皇の『慈愛深さ』に『取り込まれず』、異教・天皇制との対決を」と訴える漫画にげんなりし、
主イエス・キリストの十字架による万人の救いを見出したカール・バルトを
汎神論的だと言って非難する米国帰りの牧師の論考にまたげんなり。
その一方で東北生まれの新渡戸稲造の事績を振り返り、
その精神を思い返して東日本大震災の死者・遺族に寄り添うことが必要だと説く書には
勇気付けられたり、ほんの数冊を少し読むだけでさまざまな事を考えさせられました。

東京駅に戻ると時間があったので、15年ぶりに皇居前を訪ねようとも考えましたが
思わぬ入用があったらとまたも断念。

プラットホームで帰りのひかり号を待っていると、
おそるべき手際の良さで車内清掃をしていく、ピンク色の作業服姿の女性作業員たちがいました。
通勤電車なみに新幹線を運行できるのにはこういう支えもあるのですね。

断念の連続の東京一泊旅行でしたが、さまざまな発見のあった旅でした。
感謝です。

洛北の龍安寺へ行ってきました

教会の知友と、洛北の龍安寺へ行ってきました。
石庭で有名な寺なのですが、石庭よりも心奪われたのは
新緑の美しさです。いわゆる「青もみじ」が青々としていて
素晴らしい美しさを見せていました。

境内は修学旅行生で溢れていました。
金閣寺が近いこともあって、ちょうど良い観光地と
なっているのでしょう。

バスで赴く途中に見た立命館大学の西園寺記念館には
いつか行きたいと思いました。
おそらく四代の天皇にお仕えした「最後の元老」西園寺公望公爵を
記念して建てられたものでしょう。西園寺公は立命館大学の創立者です。

彦根へ日帰り小旅行に行ってきました

現在、作業所にも青果店にも出勤しない休日は
水曜日と日曜日なのですが、今日はその休日を活かして
彦根へ日帰り小旅行に行ってきました。
両親が以前旅した際の、京都から彦根までの回数券の残りがあったので
それを利用しました。

強迫性障害がまだかなり酷い状態だった時に
彦根城は訪ねたことがあるので、今回は
駅と城周辺の街を散策しました。
従って井伊直弼や石田三成の史蹟は今回殆ど訪れていません。

市役所の掲示板によると彦根市の人口は現在約11万人だということ。
街を歩いていると、平日の昼間だということはあると思いますが
率直に言って閑散な雰囲気が印象に残りました。
それでも古くからあるとおぼしき書店が商店街に2軒あったのには
胸中ひそかに「頑張ってください。文化を守る為にも」と応援を送りました。
また、町並みが綺麗で清潔だったことは賞賛に値します。

行き帰りの車中では
田中伸尚『ドキュメント昭和天皇 第3巻 崩壊』(緑風出版)を
携帯CD機で音楽を聴きつつ読み進めました。
著者の政治的立場から、昭和の陛下にも皇室にも戦時中の指導者達にも
極めて峻厳なこの書物ですが、丁寧に史実を追っていく姿勢は
思想の差異を越えて感心しています。
戦禍に苦しむ国内外の民の痛哭が心に届いてくる「ドキュメント」です。

ただ、著者はそれ自体は当然だと私も思う戦争への憤りの為に
陛下に呪詛に近いものを籠めてこの書(全8巻)を
書いていますが、その呪詛や怨嗟を昭和の陛下は
一身で担われたと私は思っています。

函館を旅してきました

1日から3日まで、嘗て仕事で3年間住んでいた函館に両親と妹と共に行ってきました。両親が60歳近くになり、もうそうそう北海道という遠地に旅行することもないだろうと思い切っての旅でした。私にとってはどこも何度か訪ねたことのある所で、全てが懐かしいものでした。旅自体は「食べ歩き」が目的の一つですが、私には別に大きな目的がありました。

初日は函館市内にあるカトリックのトラピスチヌ修道院へ。修道女60人ほどが「祈り、働け」の言葉に従って神に奉仕する生活を送っています。雨の中修道院前の庭を散策し、私はプロテスタントですが訪問者用の聖堂で旅の無事を祈りました。その後津軽海峡沿いの回転寿司屋で昼食をとり、函館駅近くにある宿舎の函館国際ホテルへ。一息ついた後、港にあるレンガ倉庫群で買い物と軽食。赤色の地ビールが実に美味しかったです。

二日目は忙しい日でした。まずレンタカーで函館市の北にある七飯町の大沼国定公園へ。大沼小沼という美しい二つの広い沼があり、その背景に鋭く頂上の尖った駒ケ岳を望むことができます。紅葉は終わりかけていましたが、それでも葉が黄や紅に色づいた木々が美しさを残していました。公園内にある大沼プリンスホテルで休憩し、ホテル内の喫茶店で「ベイクドミルク」なる飲み物を注文。ホットミルクかと思っていたのですが、表面に焼いたカラメルと溶けたアイスクリームが浮かぶ冷たく甘い飲み物でした。この喫茶店を再訪した際にはもう一度飲みたくなる味と十分な量でした。同じくホテル敷地内にあるカール・レイモン工房で肉の味がにじみ出てくる焼ソーセージを皆で食べ、再び函館へ。

昼食は昔住んでいたアパートのすぐ近くにある食堂「なぽ里(ナポリ)」でとりました。函館にいた頃は私がしばしば昼食をとった食堂です。場所は時任町。家族めいめいが素朴な家庭的洋食を味わい、喜んでくれたのが嬉しかったです。更に今度は中島町にある市場「中島廉売」で刺身や漬け物を文字通り廉価で購入。古くからの面影を残す、庶民の市場です。

一旦ホテルへ戻り休憩した後は、再び時任町へ。私はそこで夜景を見るべく函館山へ登る家族と別れ、本町にある日本キリスト教会函館相生教会に行きました。現在ここで牧師を務めておられるのが、10年前の3月末に札幌北一条教会で私に洗礼を授けて下さった久野牧先生です。4年前に札幌を私が仕事を辞めて離れるまで本当にお世話になりました。函館を訪れるに際しては、久野先生にお会いすることが私の大きな目的でした。

教会の隣にある牧師館で先生ご夫妻と再会。話は近況から教会に若い人々が中々来ないという問題に至るまで多くの事に及び、私は「イエス・キリストという一切の罪から我々を解放して下さる御存在があるという事を信徒でない方々に知って頂くことが大事」などと述べました。また、今の時代には布教でもインターネットが欠かせないものになっているとも。思いは尽きませんでしたが長居もどうかと1時間余りで辞去。先生からは御著書『講解説教 ヤコブの手紙』(一麦出版社)を頂きました。新約聖書にある「ヤコブの手紙」を教会での説教を通じて分かりやすく説いた書物です。先生の御著書としては同じ一麦出版社から、旧約聖書のヨナ書に関する講解説教集『あなたの怒りは正しいか』なども出ています。アッシリア帝国の首都ニネベの、罪深い王から民までの全ての人々が神の罰を免れたことを怒る義人ヨナに対し、主なる神が「あなたの怒りは正しいか」と問い給う場面が圧巻です。

牧師館を辞した後は深堀町にある古本屋へ。昔時々通っていた所です。店では偶然『内村鑑三信仰著作全集』を見つけました。第5巻には文字通りの万人の救いを説いた文章『歓喜と希望  救済の希望 戦場ヶ原に友人と語る―神の無窮の愛について―』も含まれ、嘗ては厳格且つ限定的な二重予定説を奉じていた内村の歳を重ねるにつれての信仰の深まりを示しています。本当は全巻を買いたいほどでしたが、お金が到底足りないので4冊だけ購入しました。

市電でホテルへ戻り、家族が函館駅前の朝市で買ったタラバガニや中島廉売で手に入れた帆立の刺身などをおかずに夕食。

翌3日は歴史的建造物の多く残る元町界隈を散策。旧函館市公会堂では皇太子時代の大正天皇がお泊りになった時の御寝室、御座所を見てまわりました。函館ハリストス正教会では正教会の教えを分かりやすく説いた『正教の手引き』を700円で入手。元町カトリック教会では多くの祈りの言葉を集めた冊子を無料で頂きました。その後ウニ・カニ丼を赤レンガ倉庫近くの店で食べ函館での食べ歩きを終えました。

函館空港近くでレンタカーを返した後、函館から一路関西空港へ。関西空港からは駐車場に置いていた車で自宅に戻りました。自宅に着いたのは夜7時前。終わってみればあっという間の旅でしたが、昔懐かしい函館の様々な名所を訪ねる事ができた事、家族と共に旅を楽しめた事、久野先生にお会いできた事、そして内村鑑三の著作集を手に入れ、10月末に京都知恩寺の古本市で内村の弟子矢内原忠雄の全集を手に入れた事をも併せ、それらによって信仰を新たにした事、大きな収穫のあった旅でした。

2019年8月
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