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文化・芸術

知里幸恵編訳『アイヌ神謡集』にあらためて触れて

学校の教科書で「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」で始まる
アイヌ民族の謡「ユーカラ」の一節を学んだ方も多いと思います。
私もその一人です。

19歳で夭折したアイヌ民族の天才少女、知里幸恵が編訳した
『アイヌ神謡集』(岩波文庫)に今日はじめてまともに触れました。
本自体は既に持っていて、言語学者金田一京助との交流など、
一通りの知識はあったつもりでしたが
まさにたんに知ったつもりでしかありませんでした。

知里の記した序に曰く、

「平和の境、それも今は昔、夢は破れて幾十年、この地は急速な変転をなし、
山野は村に、村は町にと次第々々に開けてゆく。・・・・
僅かに残る私たち同族は、進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり、
しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた
昔の人の美しい魂の輝きは失われて、不安に充ち不平に燃え、鈍りくらんで
行手も見わかず、よその御慈悲にすがらねばならぬ・・・・
時は絶えず流れる、世は限りなく進展してゆく、激しい競争場裡に敗残の醜を
さらしている今の私たちの中からも、いつかは、二人三人でも強いものが出で来たら、
進みゆく世と歩をならべる日も、やがては来ましょう。
それはほんとうに私たちの切なる望み、明暮祈っている事で御座います。
けれど・・・・愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語、
言い古し、残し伝えた多くの美しい言葉、それらのものもみんな果敢なく、
亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか。
おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います。
アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は、雨の宵、雪の夜、
暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中
極く小さな話の一つ二つを拙い筆に書連ねました。
私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば、
私は、私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び、無上の幸福に存じます。

大正十一年三月一日
                             知里幸恵」

この「序」は確かに読んでいたはずなのですが
まったく記憶にとどめていませんでした。

北海道に道民として、学生、社会人として暮らしたこと十一年。
その間ただ断片的知識の修得に満足し
この『アイヌ神謡集』にろくに向き合おうとしなかったことを
今真剣に恥じています。

先住民たる人々の精神的伝統は心から敬意を払われるべきですし、
それが「和人」の最低限の責務でありましょう。


ヘンデルの音楽

以前にもヘンデルの音楽について少し触れたことがありますが
まったくの偶然で目にした中古版のCDで
「エルガー編 序曲ニ短調」というものがあり、
これが憂愁を帯びつつも勇壮なものなのです。

「悲劇」という感じがふさわしい小さな名曲で
何度も何度も繰り返し聴いています。

まともに音楽を学んだこともない私は、
好ましいと思った作曲家の音楽を手当たり次第聴いていくほかないのですが
こういう楽しみを持てることには感謝です。


しりあがり寿さん『地球防衛家のヒトビト』(朝日新聞夕刊掲載漫画)からの励まし

昨日、3月10日の朝日新聞夕刊に掲載の四コマ漫画
しりあがり寿さん『地球防衛家のヒトビト』に大いに励まされました。

日本人の一人として深く感慨を覚えたのでその漫画での会話を
ここに掲載します。

とあるバーで一人の老人と「地球防衛家」のおじさんが会話しています。

「10万人以上の人が犠牲になった・・・」
「10万人?・・・・・・」

「3月10日のことじゃった・・・」
「3月11日でしょ」

「東京大空襲じゃよ」
「あ・・・」

「ひどい目にあってもこの国は立ち直るってことじゃよ!!」
「おじーさん!!」

固く握手する二人。

図書館の新聞コーナーかいずれ出るはずの
『地球防衛家のヒトビト』の最新単行本でお読みください。

ドナルド・キーンさん、日本国籍を取得される

日本文学の研究、紹介に長年努めてこられた
ドナルド・キーンさんが日本国籍を取得されました。

このような時に、キーンさんのような方が日本国民になってくださるのは
本当にありがたく、一国民として感謝したいと思います。

ネット上では、キーンさんからの日本の現状、東北の人々との
助け合い精神の希薄さについての批判「日本人にはがっかりです」
との言葉に愚劣な中傷が出ていますが

良薬口に苦し、忠言耳に逆らう

すら理解できない日本国民が増えていることこそ
「がっかりです」でありましょう。

『唐詩選』の解説を読んで落胆

先日古書店で岩波文庫の『唐詩選』全三冊が
500円で売られていたのでここぞと購入しました。

以前より「漢詩を学ぶ為に是非読んでおかねば」と思っていた『唐詩選』。
いざと冒頭解説を読み始めたのですが

『唐詩選』は「性霊」(精神性)より「格調」(韻文としての語調の美しさ)を
主眼として選ばれた、と書かれていてすっかり落胆してしまいました。
白楽天の詩に至っては収録皆無なのだと。

私は激動の唐代史の壮絶な叙事詩的なものを『唐詩選』に期待していました。
しかしそれが花鳥風月を愛でるものか旅愁を謳うものばかりとは。
選者の李攀竜は「性霊」を軽んじたことで後世から厳しく批判されたそうですが
さもあらんと思います。

敢えて「韓流批判」について ただ自己研鑽に努めるべし

久しぶりの書き込みです。
日常の仕事と教会での勉強会奉仕の準備に
追われている日々です。
ちなみに今年の8月の教会平和懇談会のテーマは
「原発事故」です。

最近有名俳優などから「韓流」への批判が出ているようです。
今日は東京のフジテレビ前で大規模なデモもあったと聞きます。
この猛暑の中わざわざ数千人が集まったのですから
相応の熱情があってのことでしょう。

しかし私は思います。「韓流」に放送を依存することについては
フジテレビによる陰謀論もありますが、所詮陰謀なら
そのうち自然消滅します。小手先の陰謀が通用するのは
一時だけです。世界中の歴史を見てもそれは明らかです。
悪の陰謀組織が一国を陰で操るなど、それこそ虚構の話に過ぎません。
ちなみに陰謀論というのは、それを主張する人に
「自分だけは世間の知らない真実を知っている」と思わせる点で
極めて害のあるものだと言えます。

他国の文化が我国のそれを圧するのは残念なことではありますが
韓国歴史ドラマには素晴らしいものが多いというのは歴然としています。
同じく脚色は多いであろう『大王世宗』と『江』ですが
どちらかだけを見なさいと言われたら
私は躊躇うことなく『大王世宗』を選びます。
英主・主人公世宗大王はじめ
登場人物たちの強烈なまでの真摯な生き方、
人間がどれだけ他人を大切に出来るか、そして傷つけることができるかを
製作側が真剣に描いていることが見ていて分かります。

アイドルグループには関心が無いので「韓流」といっても
私の場合歴史ドラマに限られるのですが。

日本史には戦国、幕末に限らず、惰夫をも感奮せしめる素晴らしい話が
溢れています。質の良い歴史ドラマを本気になって製作しようとすれば
いくらでも素材はあるのです。
来年のNHK大河ドラマは平清盛が主人公だそうですが
皇室を敬う私には崇徳院や後白河院、高倉院といった方々を
どう描くのか興味があります。
権謀術数に生きた後白河院ですが、我が子や孫に先立たれた不幸、
「下賤の者」であるはずの今様の師匠の臨終を
枕元で看取った優しさなどを描いてくれれば、と願います。

「戦国、幕末ものでないと視聴率が取れない」と聞きます。
それが事実であれば、そういう素材にしか関心を持たない
日本国民にも責任はあるでしょう。

「嫌なら見るな」という言葉は私は大嫌いです。
公共の電波で流す、本を刊行する、私自身の行為も含めて
インターネットに言説を載せる、そういった行為には
批判を受ける覚悟は常に必要です。

だから、韓流が好きでない人はどしどし批判すればいいのです。
具体的にここが嫌なのだと。そうすれば、その批判が当たっているなら
韓流でも有害なもの、愚劣なものは消滅していきます。
それが出来ない、ただ韓国のものだから嫌だ、というなら
「韓流」は続きます。

また、韓国よりも日本に目を、というならば
まず自らが祖国の文化を深く学ぶ必要があります。
私は歴史、それも政治史に関心が偏っていますが
それでも幾つかの古典に接することで先人の足跡を追憶する喜びを
得ています。また、それらの古典を通じて
我が日本文化が如何に「唐土、天竺、韓」から良きものを受け容れてきたかを
学ぶこともできました。

私たちは自らを深めていく為の文化を求めていくべきではないでしょうか。

バッハ ヘンデル 私の大好きな音楽

今、この文章を綴りながら聴いているのは
ヘンデルの「ユトレヒト・テデウム」です。

高校時代の地学の先生が大のバッハ好きで
「バッハの『マタイ受難曲』を聴きながら死ねるのなら
下着一枚で死んでもいい」と言う台詞に触発されて聴いたのが
マタイならぬ「ヨハネ受難曲」。
冒頭部の「Herr!(主よ!)」の凄まじい力のこもった合唱に圧倒されたのが
バロック音楽との関わりのきっかけでした。

音楽の素晴らしさはまさしく基督教藝術そのものです。
思えば、まだ基督教を信じていなかったこの時から
信仰への道は始まっていたのかもしれません。

バッハの「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」「ミサ曲ロ短調」
ヘンデルの「メサイア」「ユダス・マカベウス」などなど
合唱による数多の力強い音楽は私の心を励ましてくれます。

時代はくだりますが、メンデルスゾーンの「聖パウロ」も素晴らしい。
合唱つきの「交響曲第2番」の高らかな讃美も心を遥か高みに至らせてくれます。

京都大学近辺逍遙

今日は教会でお世話になっている方(先日のブリテン『戦争レクイエム』のチケットを下さった方とは別人)より京都大学YMCA会館での歌唱コンサートの招待を受けて、京都へ行ってきました。

京阪電鉄出町柳駅を降りて通りを東に京大方面へ。秋が近くなったと先日述べたのが嘘のような炎暑の中、汗を流しながらまず百万遍の古書店数軒を巡りました。最初に入った書店で本棚を眺めていると年配の男性が店主に「去年こちらに売ったフローベールの全集なんだけど」と話を始め、聞いているとどうやら大学の教官らしく、自分が売った全集を買う人がいたかどうか気になった様子です。すると店主が「東京にも出したんですが、売れてませんねえ」との返事。古本市にでも出したのでしょうか。普通古本屋に買い取って貰ったらそれきりだと思うのですが、こういう遣り取りが交わされる所がいかにも京大に接する古本屋らしいと感心しました。私は別の一軒でナチス宣伝相ゲッペルスの伝記を購入。時計を見ると時間がもうないので急いで今度は南へ下り京大YMCA会館へ。ここは建築家ヴォーリズの設計した、大正期の面影を残す洋館で、既に建築後93年を経ています。4年前には大改修を行っているとのこと。その改修で出来たヴォーリズ小ホールが今回のコンサート会場です。

コンサートは入場無料。出演したのは男性2名、女性3名で、テノール1人、バリトン1人、ソプラノ2人、ピアノ演奏1人でした。招待してくださった方による解説つきで、ヴェルディ『ドン・カルロ』『仮面舞踏会』、モーツァルト『フィガロの結婚』などオペラからのアリア、二重唱を鑑賞。『ドン・カルロ』『仮面舞踏会』は以前シラー『ドン・カルロス』(岩波文庫)を読んだりスウェーデン王室史に少し触れたりしたので物語の背景を知っていたのですが、後は名前だけ知る程度。それでも十分に楽しむ事が出来ました。オペラ篇に続いて『故郷』『中国地方の子守唄』といった日本の歌、そしてカンツォーネ、ミュージカル唱歌を。最後は演奏者、聴衆全員で流行中の『千の風になって』を合唱しました。終わってみれば炎暑の中、電車を乗り継いで来た甲斐があったものと思えました。

コンサートは終わりましたが、会場を出て真っ直ぐ帰るのは何だか惜しく、次には京大生協会館でカレーライスを食べ、更にまた別の古本屋に立ち寄りました。とある保守系学者の言葉では、戦後左翼に変節したという国際法学者・蜷川新による『天皇―誰が日本民族の主人であるか―』他何冊かを買ったのはいいですが、お蔭で来月までの費用に足が出る破目になりました。それでも後悔はしていません。我ながら文化、藝術に触れた充実の一日だったと思います。

ブリテン『戦争レクイエム』を聴いて

教会でお世話になっている方からブリテン『戦争レクイエム』のチケットを頂き、今日大阪は中之島のフェスティバルホールで湯浅卓雄指揮、大阪シンフォニック クワイア、ハダスフィールド合唱協会(英国)、トリニティ少年合唱団(英国)、大阪フィルハーモニー交響楽団、いずみシンフォニエッタ大阪の合同による演奏を聴いてきました。この鎮魂曲は、第二次世界大戦の戦没者を追悼すべく作曲されたものです。CDは持っているのですが、その曲の暗さから余り積極的に聴く気になれず、歌詞の意味も分からぬままこれまで数度通して聴いた程度でした。従って本格的に鑑賞するのは今回が初めてと言えます。

『戦争レクイエム』の内容はソプラノ、テノール、バリトン(特にテノールとバリトン)による独唱と、大規模な合唱の繰り返しですが、気が付いたのは合唱が死者に対しての神による救いを求め、且つ謳い上げるのに対し、独唱、二重唱は自分が感じた限りでは戦争の惨禍を訴えるばかりでなく、戦争を賛美するジャーナリズムや宗教者への怒り、そればかりでなく既に死んでしまった死者に対する救いは果たしてあるのかという極めて宗教的救済に懐疑的な内容になっているという事でした。これは歌詞の翻訳が舞台両側の電光掲示板で歌と同時に流されたから理解できたことですが。この相対立するかに見える合唱と独唱の調和は為されるのかと最後まで固唾を呑んで見守っていたのですが、合唱は変わらず神への賛歌であり、独唱は死者に対して「眠ろうよ」という語りかけで終わるものでした。演奏が終わった時、演奏時間自体は極めて長かったにもかかわらず「え、これで終わり?」と感じました。懐疑は懐疑のまま、生きる者の側では強いて解決はしないという意味なのでしょうか?

第二次大戦の敵同士であった日本人と英国人が同じ舞台で鎮魂曲を歌っています。書物と映像でしか知らない第一次大戦、そして第二次大戦の様相が脳裏に浮かんできました。とりわけ我軍の英国植民地への侵攻、英軍の反撃、戦後の日本人の虜囚生活・・・。『クワイ河収容所』に伝えられる、マレー人を殺した罪の意識に苛まれつつ、最期の時に「俺は赦されているんだ!」と神の救済を信じて死んでいった英兵が記憶に蘇ってきました。「そのマレー人は、自分を殺した英兵を赦したのだろうか?犠牲者本人の赦しの有無を超えて、神の救済は達成されるのだろうか」という一基督者としての疑問と、両者ともに「救われて」欲しいという願いとが交錯しました。また、『アーロン収容所』で記される、日本兵捕虜・戦犯を虐待、死なせていく傲慢な英国軍将兵の姿も。他ならぬ我父祖・日本軍将兵の魂と、その日本軍によって死に追い遣られた数多の人々。怨讐を超えて神が彼らを憐れみ給う事をも今こうして書きながら祈らずにはいられません。仏教徒が殆どの日本軍将兵や、ムスリムの人々、或いは最期には一切を信じられなくなって死んでいったかもしれない人々にとっては、こうした祈りははた迷惑かもしれません。皆それぞれが、自分を死に至らしめた相手を赦せないという思いを抱いているかもしれない、しかしそれでも祈らずにはいられないという感情があります。

演奏は一時間半以上はあったでしょうか。終了後、しばらく色々な思いがよぎり、少しばかりの虚脱感がありました。

2019年8月
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