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心と体

精神病を告白する危険性を踏まえつつ

以前にも述べたように、私は強迫性障害と躁鬱病を患う
精神障害者3級に認定されている者です。

そのことをインターネットで、つまり(日本語限定とはいえ )全世界に向けて告白することには
極めて大きな危険性が伴います。侮蔑嘲笑は覚悟せねばなりません。

それでもこの病気を告白したのは、
ここで一人の患者が、あがきつつも毎日社会で働いている、
嘗ては病院へ行くのにも、駅のホームで人を突き落とすのではないかという加害妄想で苦しみ
毎回毎回タクシーで震えながら通院した過去を持つ私が
なんとか労働できるまでには快復した、治療に努めれば希望はあるのだ、
ということを同じ苦しみを持つ人々に伝えたい、
そして「躁状態だから思ったことと正反対のことを言ってしまう」という
醜い自己弁護を堂々たる大臣がする今の時代に
私たち患者も社会で生きる以上は自己の言動に責任を持たねばならない
ということを訴えたかったからにほかなりません。

亡き北杜夫は躁鬱病を告白しました。
それで少しでもこの病気に理解をもってくれる人がいれば意味はある、と。

修身斉家治国平天下

昨日から今朝にかけて、精神的に不調があり
毎月定期の通院とは別に臨時に精神科へ行って診察してもらいました。

具体的には苛々感が募ったり、母親と会話するうちに
被害妄想的な感情が募ったり、前首相の不正について語るうちに
身を震わせて怒ったりなど。自分でも異常だと思ったので
医師に具体的なことを話して診てもらった所、特にこれといった
新たな病気でないとのこと。また具体的な病名も付けられないということでした。
仕事は今までどおり続けても可だとも。

とりあえず安堵しました。

『大学』に「修身斉家治国平天下」という有名な言葉があります。
まずは我が身を修めてから、家庭内をととのえてから、です。
ただしこれは時間的順序というよりは、常に同時並行で4つの事に
留意していくように、とのことだと考えます。

さもないと君子たらんと望んで努力しつつある者は終生「治国平天下」について
言及できない、国や天下に大事があってもただ一身を匡すだけに汲々とせよ、
ということになりかねません。

いよいよヘルパー2級講習が始まりました

 先日お話したヘルパー2級資格取得のための講習が、先週から始まりました。
朝から夕方まで、一日4時間から7時間の講習が、週4日ほど続いています。
学ぶことは多岐にわたりますが、試験はないのでその点助かっています。
但し、毎回、各講義ごとにA4用紙一枚の報告書を書かなければならないので
講習が連続する日などは、帰宅後深夜までパソコンに向かって書類作成です。
きちんとした報告書を作成する為にも、講義ではしっかり内容を把握して
ノートに記しておく必要があり、自然と書く分量は膨れ上がり
大学での講義ノートのようになっています。

この講習は、欠席、遅刻厳禁です。一回でも欠席したら
資格取得が難しくなることがあるとのこと。
要求を厳しくすることで、将来職業人となる自覚を促すねらいがあるのでしょう。

実はつい昨日の講習で、会場に到着したのが油断に油断を重ねた結果
開始10分前でした。明日も同じ会場で同じ時刻なので、せめて最悪でも
40分前には着いておきたいと思っています。

22日には新大阪の専門学校を借りて、入浴介助と心配蘇生法の訓練も受けました。
実に一そろえ1000万円の特殊浴槽を用いての入浴です。
高さ1メートルもある台の上でお湯を浴びる為、入浴する障害者、高齢者には
どうしても恐怖感があるとのことでした。

今の段階では介護の方面に進むことより「手に職のある資格を取りたい」
という望みのほうが強いので、まだ訓練を受けても今ひとつ実感が湧かないのですが。

今日は精神科への通院日で、医師からは
「○○さんの肥満は精神病ではなく、全くの本人の問題です。
精神的には安定されてますが」と
言い切られてしまいました。この「享安堂」を書き始めてから
「克己、克己」と言い続けているので、とにかく節制と修養に励みます。

淀川キリスト教病院へ

25日水曜日、精神科への通院日で作業所は休みを貰いました。

22日の教会礼拝の時、私の属する日本キリスト教会のK教会を創設された女性牧師が左手を自宅で骨折、大阪市東淀川区の淀川キリスト教病院に入院されたことを知り、この休みを機会にお見舞いすることにしました。

京阪電鉄の北浜駅から大阪市営地下鉄に乗り換えて電車が乗り入れている阪急線の淡路駅へ。かなり古い、そして狭い上にお世辞にも綺麗とはいえない淡路駅から7分ほど線路沿いを歩き、淀川キリスト教病院の分院へ向かいました。

分院は小さいながらも清潔な感じのする病院で、早速先生の病室に。私の見舞いを喜んで下さったようでした。しばらく教会青年会の状況などをお伝えした後、私が先生の為に一日も早く御快復になるよう主に祈りを捧げ、続いて「主の祈り」を先生と、看病の為に来られていた他教会の牧師夫人と共に捧げました。

天にまします我らの父よ

願はくは、御名を崇めさせ給へ

御国を来たらせ給へ

御心の天に成る如く 地にも成させ給へ

我らの日用の糧を今日も与へ給へ

我らに罪を犯す者を我らが赦す如く、我らの罪をも赦し給へ

我らを試みに遭はせず 悪より救ひ出だし給へ

国と力と栄とは、限りなく汝のものなればなり

アーメン

先生は「主の祈りは祈りの始めであり終わり」であることを述べられ、私は一日も早く先生が教会に復帰されるよう祈っていることをお伝えして病院を辞去。この間20分余りでした。

その後枚方市内の精神科へ。医師のお話では「今まで診たうちで、今日が一番状態が良い」とのこと。更に医師は、私が社会で「精神障害者といっても危険でもないし、一定の能力もある、そういうことを知らせる役割を担ってくれることを期待している」と。その期待に応える為にも更に精進せねばならないと思いました。

一介の小人に過ぎない私ですが、それでもささやかながら他者への責務を課せられている者です。そのことを忘れずに生きていくつもりです。

精神障害の啓発活動 大阪府内のとある私立高校にて

今日、作業所に以前実習に来られた看護学生さんの依頼で、とある私立高校に精神障害についての啓発活動に行ってきました。

2年生の1教室に入り、35名の生徒達に挨拶の後、3グループに分けて押し花による栞を作ってもらいました。作業の間手順を説明しつつ「何か質問があれば答えますよ」と言ったのですが、反応が芳しくありません。真剣なまなざしでこちらを見ている生徒もいるのですが、やはり恐怖感があったかもしれませんし、今まで私のような者に接したことがないために戸惑いもあったかもしれません。男子生徒の一人がふざけつつ「彼女はいますか~」と質問したので「御覧の通りの容姿ですのでおりません」と答えると「自虐、自虐」との言葉が。また中小企業務めだった社会人時代の年収を問われたので、正直に「年収300万でした」と言うと「低い~」との反応も。「1200万円くらい欲しい」と言うので、「大企業でもいきなりは中々難しいですよ」と語ると、「そのために勉強しています」との答えが返ってきました。「ああ、これは馬鹿にされているな」と気付いたのですが、腹を立てても始まりません。

作業後に参加したメンバー3人が各々メッセージを伝える機会があり、私は「精神障害というものは誰でもなりえるものです。前の前の首相の安倍さんは辞める直前精神的な病に罹っていたとも聞きますし、失礼なことかもしれませんが皇太子妃の雅子さまも適応障害という精神疾患に罹っておられます。ストレスによって誰でもなるかもしれないのです。今は健康でも将来罹ることがあるかもしれない。しかし罹っても決して絶望することはありません。きちんと病院で治療をすれば治る可能性も高いのです。皆さんには今日のことを記憶の片隅に留めて頂いて、いつか肉親や友人がこういう病になった時に、思い出してもらえれば幸いです」との趣旨を伝えました。

楽しい事も辛い事も日々満喫している高校生たちのこと、今回の啓発活動も「早く帰りたい午後の時間に、なんかよく分からない人たちが来ていまいち意味の分からないことをしゃべっていった」との思いしか残らないかもしれません。しかしそれでもいいのです。いつか自分や身の回りに、60~100人に1人の危険性ですが、精神障害という艱難が訪れた時に、記憶の片隅にあった今日のことがよみがえり何かのささやかな助けになれば、と思っています。

精神科への通院日でした 

今日は精神科への通院日でした。

その前に東大阪の大阪府立中央図書館へ。借りていた本を返しに京阪電車と大阪市営地下鉄二路線を乗り継いで行きました。今までは京橋駅から森ノ宮での地下鉄乗り継ぎまでJR環状線を利用していたのですが、僅かな金額ながら節約のために京橋から地下鉄に乗り込んだ次第です。図書館では10年ほど前に出た昭和天皇関連の著作を二冊借りました。そういえば新刊では岩波現代文庫で終戦後の昭和天皇に関する本が二冊出ます。また中央公論新社でも保阪正康氏の『昭和天皇』が文庫版に装いを改めて刊行されます。先の大戦を考える夏を迎えて、期待できる書物が沢山出ます。

本を借りてそのまま暑い中を枚方市へ戻りました。途中幾度もペットボトルのお茶で水分補給。ソフトクリームなどに食指が伸びましたが、血糖値管理を思いひたすら我慢。

精神科にはほぼ予約どおりの時間に着きました。医師との話では、

「父の定年まで二年を切り、いつまでも寄食できないこと」

「仕事を得るには資格、能力が不足していること」

「現在の授産施設は職員の方々もメンバーも皆親切で、作業スケジュールも配慮されていて実に居心地はいいのだが、そのような境遇に甘んじていては実社会への復帰は却って難しい」

「秋になれば週3日の通所日を週5日に増やし、できるだけ早く社会人としての生活リズムを調整しておきたい」

といったことを率直に述べました。先生からは今後の注意点としては「ここまで元気になっているのだから特に無い」と5年前を思えば夢とも思えるような言葉を頂きました。また薬も今まで就寝前4錠だったのを3錠に減らすとのこと。

帰って体重を量ると80.5㎏。身長は167.5cmなので、標準体重には遙か遠いのですが、これでも以前に比べればだいぶ減りました。血糖値は100丁度。まずは標準値です。健康管理を含め、私の人生、今後の自らの克己心次第だと思っています。

時給59円

今日は私事について。

私が通っている製紙作業所=精神障害者通所授産施設で、先日工賃というか手間賃が各人に配られました。私から作業所へ支払う月の利用料が500円、作業所の建設費用負担が3500円、お茶代が200円、そして正式契約日が今年の3月27日、給料の〆日が毎月30日のため、先月は働いた日が1日だけということになり、実働6時間で時給は59円(590円の誤記ではありません)で、3月の工賃は345円となりました。今月は所の事務手続きの事情で時給が少なくなってしまったが、不足分は4月分給料に補填するとの所長さんのお話でした。

給料と言うも愚かな微細な金額です。しかし、これでも5年ぶりの働いて得た報酬には違いありません。週2回通えば月に8回ほど、345×8=2760円になります。実は作業所への支払いは現在両親が負担してくれています。工賃は貯蓄に廻せばよいとのこと。衣食住を頼っている上に、そのような負担をしてくれる両親にはただ感謝のほかありません。通所日を更に増やせば、些少ながら貯蓄や書物購入に廻せる分も捻出できるでしょう。

本格的な社会復帰に向けて、私を支えてくれる人々、そして主なる神に感謝しつつ、身の回りの出来ることからただひたすら励んでいくつもりです。

私の強迫性障害について(不定期連載)・その9

不定期連載との自らの規定に甘えて、2ヶ月以上間が空いてしまいました。

2003・平成15年の春に会社を辞め、大阪の実家に戻ってきたことは前回お話しました。当初は会社を辞めることに相当な抵抗感がありました。無職になるとは生計の途が絶たれることであり、再就職の容易でないことは十二分に知っていたからです。退職金などで預貯金こそ80万円ほどはありましたが、微々たる額です。しかし、最早その仕事自体続けられる状態ではないことを両親の度重なる説得もあって悟り、両親に付き添われて飛行機で大阪に帰ってきました。しかし今度は何を為すべきか全く分かりません。まずは精神科へ通って病気を治すしかないのですが、その精神科があるのが大阪府東端・枚方市駅前で、同じ市内とはいえ私の住む街からは電車で通わねばなりません。しかし「加害妄想」の為に電車に一人では全く乗れない上に、外を歩くことも出来ないのですから。

結局親に付き添ってもらい、タクシーで通院することにしました。同年ゴールデンウィークの合間の一日でした。医師(今もかかりつけの先生ですが)私を診て「入院された方がいいですね」と言われました。私は必死で拒みました。自らが精神病患者でありながら、数十年前のルポルタージュなどを通じて持っていた精神病院の固定観念に囚われていたからです。「便器で顔を洗う患者と一緒に寝起きするというじゃないか」との「恐怖」がありました。そこで入院施設のある関西医大滝井病院であらためて診てもらうことにしました。土曜日、長時間待たされて診察をやっとの思いで受けた所、「入院する必要はない。通院で可」との診断でした。率直に言いますが、心底ほっとしたものです。

過去、精神病院では医師や看護師が患者に暴力を加えたりする事件がありました(今もあるかもしれません)。また、一室あたりの入院患者数が多すぎるなどの問題もあります。しかし、共同集会所の所長さんに先日面談した折、当時の話をした所、「そういう問題は過去のものとなりつつある」とのこと。患者の病状に応じた入院治療が今では行われているとのことです。

26日と28日は共同作業所での仕事です。既に今月は6回通い、紙鋤きの補助作業なども手掛けてきました。「今目の前にあること」に孜々として努めるのが肝要だと思い、自らを励ましていこうと思います。

今週の共同作業所での仕事を終えて

火曜日と木曜日の精神障害者通所授産施設での仕事は、無事終えることができました。二日とも押し花の作業が中心で、一枚ごとに時間をかけて栞や絵葉書を作りました。また、12月の初回ほど疲労感もなく、少しは通所に慣れてきたのだと思います。ただ、力作業で機械も使用する紙鋤きの作業はまだ担当していないので、今後のことは分かりませんが。前に述べたようにこれから毎週火・木曜日は仕事の日になります。週二回をそのうち週3回、そして土日を除く毎日にまで増やし、それに適応するようになれるのが当面の目標です。

今週から通所を再開します

昨年、精神障害者の社会復帰を促すための授産施設に行った話をしましたが、今週からまた通うことになります。火曜日と木曜日の週二回の予定です。1月は入院でそれもできませんでしたが、食事・運動療法を続けつつ少しは痩せた体になって作業所での仕事に努めるつもりです。標準体重は60kg台なので最低でも後20㎏は減量しなければなりませんが。

また、今週は月曜日に教会でプロテスタント神学者カール・バルトの著書『啓示・教会・神学』の読書会、金曜日には精神科への通院、土曜日には京都で開かれるドイツの政教分離と宗教教育についての講演会を聴きに行く予定です。

こういう日程が組めるというのは、私の心身の調子が入院を経て再び快復した証と言えますが、ひとえに主なる神、そして支えてくれた家族と友人知人の御蔭です。日々感謝です。本来は常に欲心に塗れている者ですが、少しでも感謝の気持ちを持てること、それ自体に感謝せねばと思います。

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