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天皇陛下の御言葉 東日本大震災追悼式において

天皇陛下の御言葉全文です。

東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、
震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。

 1年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、
ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。
その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人々の救助や
防災活動に従事して命を落とした多くの人々が
含まれていることを忘れることができません。

 さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、
危険な区域に住む人々は住み慣れた、
そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。
再びそこに安全に住むためには放射能の問題を
克服しなければならないという困難な問題が起こっています。

 この度の大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、
多くのボランティアが被災地に足を踏み入れ、被災者のために
様々な支援活動を行ってきました。このような活動は
厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、
未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。
この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、
また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、
深くねぎらいたく思います。

 また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため
様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、
日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆(きずな)を
大切にして復興に向かって歩んでいく姿に
印象付けられたと記されているものがあります。
世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。

 被災地の今後の復興の道のりには
多くの困難があることと予想されます。
国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が
改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています。
そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、
防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。

 今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを
一同と共に願い、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。

日本という国には天皇というご存在が必要不可欠と
常々より意識している享安山人ですが
病躯をおして式典に臨御された陛下の御姿に
ますますそれを確信するようになりました。
心身の苦痛を耐えて亡くなった方々の為に、そして今生きている人々の為に
御言葉を発せられる御姿に私のような者でも感じる所大です。

天皇陛下には心臓手術を無事に終えられたとのことです

陛下には、無事に手術を終えられたとの報を
仕事からの帰宅途中に知りました。

まことにありがたいことだと思います。
一人の基督者として主なる神に感謝の祈りを捧げたいと思います。
信教は異なっていても、数多の国民の祈りが通じたのでしょう。
そして大役を無事に終えた医療団の方々に感謝します。

陛下にはどうかこれからも御長寿であられますように。

事務補助アルバイトに応募しましたが・・・ 麻生内閣発足の翌日に

先日、通っている作業所の職員の方から紹介を受けて、障碍者枠での某社の事務補助アルバイトに応募しました。「○○さんならもしかしたら合うかもしれない」とのお話もあり、春の市立図書館補助職員に応募したのに続いての社会復帰への挑戦でした。病気のこと、5年間の空白期間、作業所に通っていること、障害者手帳はないことなどについて率直に書き綴った履歴書を送った返事が今日の夕方、宅急便で届いたのですが、残念ながら不合格でした。めげずに取り敢えずは作業所に通う日数を週4日に増やしつつ、今後も道を模索していくつもりです。

麻生新内閣が発足しました。私が注目せざるを得なかったのは小渕優子女史の少子化担当相就任です。34歳という自分と同年齢の人物の大臣就任。正直に感想を言えば「世襲の力とは凄いものだ」ということ。寡聞にして小渕女史の国家国民に対する顕著な功績というのを聞いたことがないだけに、34歳の若さで1億2600万人の人生、生命、財産に責任の一端を負う国務大臣になったことに対して割り切れぬものを感じざるを得ません。同じ就職氷河期を生きていた者として、現在の境遇と比べての私情も混じっているのは認めますが。しかし、他者を羨む前に己を省みよ、との言葉をここは自らに課そうと思います。

悠仁親王、満1歳をお迎えに

今日は悠仁親王の御誕生日。殿下には満1歳をお迎えになりました。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/impr/0709photo/index.htm?from=yoltop

健やかなる御成長、まことに慶賀の至り、国民の1人としてお祝い申し上げます。去年の今日、私は行動療法の一環で「青春18切符」を使って日帰り小旅行に出ておりました。殿下ご誕生を知ったのは東舞鶴駅に停車中の列車の中で、前の席にいた人が新聞を広げていたのを目にしてのことでした。車中のため表面上は平静を装っていましたが、胸中では万歳の歓呼を挙げたものです。ゆくゆくは天子さまとなられる可能性の高い、幼き殿下に幸あらん事を祈ります。

朝日新聞の注目連載記事「新聞と戦争」

朝日新聞―保守系論壇から叩かれるのが常であるこの新聞ですが、最近、といってもだいぶ前からではありますが注目且つ賞賛すべき記事を夕刊に連載しています。題して「新聞と戦争」。何故「注目且つ賞賛すべき」なのかと言えば、自社の戦前・戦中の軍部への迎合を当時の社員の実名を挙げつつ指摘、考察しているからです。今日8月29日の「社論の転換19」では次のような既述もあります。

「海外での軍の暴走を容認するのみならず、作戦の枢要な一部である『宣伝戦』にまで新聞が手を染める―ジャーナリズム本来のあり方からすれば許容されないことだが、朝日新聞はその依頼を即座に受諾する。(中略)『町田君』とは、当時の外報部長、町田梓楼である。すでに朝日新聞は多くの特派員を現地に派遣していたが、海外報道の統括者である外報部長の派遣は異例だろう」

この新聞が声高に戦前・戦中の風潮を批判する度に「貴紙はその間何をしていた」との思いが(他ならぬ私を含め)多くの人の胸中に湧いたでしょうが、既に60年以上前のこととはいえ「大先輩」を実名で批判するのは勇気のあることだと率直に認めるものです。朝日新聞を購読していない方にも夕刊「新聞と戦争」は一読をお勧めします。図書館で週末に読むのも良いでしょう。いずれ単行本にもなると思われます。

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