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信仰、そして世事

まもなく、今上陛下が譲位され、皇太子殿下が
践祚される。正式な即位の礼は確か今年の秋だったはず。

先日、教会の話で、天皇の為の祈り、の可否につき
話題があった。私自身の考え、結論から言えば、
憲法に、権威の源泉である私達主権者国民を統合する象徴と定められている方は、間違いなく権威である。
そして権力自体は私達国民が民主的に選んだ代表者たちが行使する。
その代表者たちの現状は惨憺たるものだが。
毎日毎日、憤ることばかりである。

私はこの国、世界で権威、権力を帯びている
あらゆる人々の為に祈る。天皇陛下の為にも、
1日も早く下野して欲しい安倍首相の為にも、
チベット人、ウイグル人を迫害している習近平の為にも。義理の叔父、実の兄を殺し、現在まさに基督者を残虐に迫害、殺戮、殉教に至らしめているという金正恩の為にも。

陛下、また権力者たちがそれぞれの国民に奉仕できるように、と。政治の堕落、権力の恣意的行使、民衆の抑圧、ましてや皇帝ネロやディオクレティアヌスのような所業に至っているなら、彼等が悔い改めに導かれるように、と。

私の思想は保守思想とリベラル思想の混雑である。
政治的には現行憲法を1条から全て守る、との立場である。

近代天皇制により「作られた伝統」が数多くあるのは
僅かながら知っているつもりだ。
3月21日、春分の日が宮中祭祀の「春季皇霊祭」の日であることも。明治になって作られた祭祀である。
あくまで皇室の方々の私的信教であるべき祭祀に伴い、
国民も休みとなっているのだ。

私の属する教会も、難問山積である。
先日日曜日、本当に悲しく辛いことがあった。
信徒の方の支え、力になれなかった。
これからもあるかもしれない。

そして、御高齢の信徒の方には、まさに今、
病と激しく苦闘しておられる方がいる。
主イエス・キリストの「人にはできないことも、神にはできる。」の御言に縋り付く思いで祈っている。

主イエス・キリストは、私の罪全てを十字架で負い給うた。それなのに、一向に聖潔に至れない私。

教会での会議の度に、中国宋代の「伴食宰相」という言葉を思い出す。朝廷の会議ではまともに自分の意見も出せず、席上での御馳走にだけあずかっていた一宰相への皮肉である。

私は弱い。本当に弱い。日々、喜びよりも
憂いと不安ばかりである。

そんな私だからこそ、祈る。
主の御導きと御守り、御慈愛を。

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