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三笠宮崇仁親王殿下、薨去さる

三笠宮崇仁親王殿下、薨去さる。

皇族の一人、昭和天皇の弟宮として、日本現代史の暗部を直視する
勇気をお持ちの方でした。

「若杉参謀」として軍務に就かれましたが、
その中では辛いこと、御自分の信念が揺り動かされることも
多かったかと推察します。

古代オリエント史研究に多大の功績を遺されたことも私達は忘れてはなりません。

御歳百での薨去。

人間はいつかは必ずその生の終わりを迎えますが、
もっと長く生きて頂きたかった。

聖書にも理解のある方でした。

私は一国民として、一人の基督者として、
心から殿下の魂の安息と平安を祈ります。

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歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

三笠宮崇仁は戦前から神武天皇の実在を否定したり、戦後は「偽りを述べる者が愛国者と讃えられ、真実を述べる者が売国奴と罵られた世の中に、私は生きてきた」と発言したそうです。「偽りを述べる者」はまさに現首相とその祖父のような連中を指すのでしょう。彼がもっと公然と政治的発言をして「偽りを述べる者」を告発しなかったのが残念ですが、それが皇族の地位にとどまり続けた彼の限界でもあったのでしょう。

こんばんは。

亡き殿下が皇族の地位にあられたのは、それが御自身の責務だとお考えになってのものでしょう。

人間は生まれを選ぶことはできません。置かれた状況に相応しい責務が
人間一人ひとりにはあります。そして亡き殿下は、それを精一杯果たされました。

岸信介や現首相が「偽りの愛国者」であることには同意します。
岸はせめて隠棲すべきでしたし、現首相は国民の為に、職を辞すべきでしょう。

>置かれた状況に相応しい責務が人間一人ひとりにはあります。

それは三笠宮崇仁の場合は戦犯ヒロヒトを死刑にすること、天皇制を廃絶するために闘うことではなかったでしょうか?
「紀元節反対」を主張したことは勇気ある行動だったと思いますが、それだけでは「置かれた状況に相応しい責務」を果たしたとは到底いえません。

お久しぶりになります。長らくご無沙汰しておりました。

亡き三笠宮崇仁親王は、昭和天皇の弟君として、兄帝の御心労も具に見ておられたことでしょう。兄の処刑を望む弟がおりましょうか。

支えること、時として諌めること以外に、何ができましょうか。

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