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私の中にある差別意識

私自身が、告白せねばならないが、数多の差別意識の持ち主である。
かつては「反日に燃える韓国と北朝鮮」に激しい憤りを抱いたこともある。

隣国から阪神淡路大震災や東日本大震災を良しと言わんばかりの匿名発言があった時や
広島、長崎への原爆投下を「いい気味だ」と言わんばかりの韓国大手紙の記事を読んだ時には
文字通り逆上した。その憤り自体は今も変わらない。

しかし、私が嘗て陥ったのは所謂一般化である。
「韓国・北朝鮮の人間は皆こう思ってるに違いない」
「韓国・北朝鮮の人間だからそう思うのだろう」と考えたのは
基督者の端くれである私にとって、
主なる神の御前に懺悔せねばならぬ過ちである。

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