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『昭和天皇実録』

既に報じられているように、『昭和天皇実録』の編纂が終わり、
天皇皇后両陛下に奉呈された。

新聞報道に接しただけで、実物を目にしたわけではないが、
幾つか指摘したいことを。

21世紀の史書であるならば、昭和天皇のご発言は典拠を明記して括弧つきで
引用すべきであろう。『実録』で、昭和天皇のご発言ほぼすべてが
整えられた文章の中に埋没してしまい本来のご意思が
たどりにくくなっていることは重大な過ちであろう。

中国歴代王朝では、皇帝に「起居郎」と呼ばれる史官が近侍して
皇帝の日々の言動を細大漏らさず記録し、「起居注」という皇帝言行録に
まとめあげる役割を果たしていたという。その「起居注」を史料の一つにして
皇帝が崩御すると先帝の「実録」が編纂される。

歴代皇帝の起居注や実録には散逸したものが多いが、
『旧唐書』『宋史』といった正史編纂の際に用いられた。
史書に見える皇帝たちのありのままの姿は現代のわたし達にも貴重な教訓を与えてくれる。
そのようなものを今回の『実録』には願っていたのだが。

昭和の陛下には、わたしは極めて複雑な思いを抱く。
深い敬愛の念と、戦争の惨禍についての罪責の重みへのやり切れない思い、
そしてどれだけ苦しまれたかとの想像しての痛みの心。

立憲君主としては無答責であられても、天子として数多の内外の人々の人生に対する
責めはおありであろう。それを陛下ご自身が痛感しておられたとわたしは信じている。
わたしは昭和の陛下のためにも祈りたい。

わたしの教会の長老であられたある大学名誉教授が
昭和天皇の戦争責任を否定するわたしに言われた言葉を今でも思い出す。
その方は既に天に召された。

「天皇に責任はあるんだよ。たとえ戦争を望んでいなくても、責任はあるんだ。」


『実録』はやがて出版社が決まり公刊されるという。
12000頁という膨大な分量だが、できれば全巻購読して読破したい。

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歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

お元気ですか? face bookとかもされてると、いつか書いておられましたが、疲れないようにしてくださいね。

昭和天皇論、私も責任はなかった論者ではありません。然し、世の大勢がそうではないと思いますので、誰にもしゃべることはありません。ただ一人思っておるだけです。

昭和天皇のことを書いた本も少しは読みました。以前は昭和天皇の同時代の方の日記なども色々と持っておりましたが、ほとんど処分してしまいました。それで以って私の昭和天皇論を終わらせたつもりも兼ねて。

これから先、皇室がどうなってゆくのか、今では以前ほど考えません。諦めたと言った方が近いかも知れませんね。昭和天皇称賛??、否、昭和天皇批判が封じられておる現況下では。

今回の実録にも、昭和天皇批判がどれくらい書いてあるのでしょうか?それが載っておらぬならば、如何にタイトルは実録とはいえ、正しく時代を反映しておらぬかと思います。

ま、何はともあれ、昭和天皇時代を勉強するための第一次史料が出来たことは悪いことではないでしょうね。

とにかく、日本に於いて、天皇陛下や、皇室を批判することは極めて困難です。私も、天皇陛下や、皇室批判論者では全くありませんが、もっと素直に、正直に、天皇陛下や、皇室を語れる人間でありたいと思っております。そして日本人皆が、もっと素直に天皇陛下や皇室に対して、巷でのように語れることを願っております。無責任はいけませんが。

天皇陛下や皇室は、大御心の人・家族であるとともに、普通の人にもなってもらいたいと祈っております。大御心が皇室の真骨頂ですが、とともに、普通の人間にもなってもらいたい、これが私の果てしなき夢です。


それではこれから飯を食って仕事です。ごきげんよう、さようなら。

岩さん、お久しぶりです。お身体の具合はいかがですか。どうか御大事になさってください。

わたしが現在インターネットでしているのはブログとTwitterですが、日々の現実の生活の範囲でできることをやっていこうと思っております。

昭和天皇についてはわたしも弱年ながらいろいろと考えてきました。おそらくこれからも考え続けると思います。断じて邪悪な戦争煽動者ではありませんが、日本国憲法が理想とするような平和主義者でもあられません。平和を尊重され、時に「パシフィスト」と白鳥敏夫などから陰口を言われる程の御方ですが、それが日本にとって有利だと思えば「一撃和平」を容認し、太平洋戦争末期にはそれに固執された時期もおありでした。

御一身に背負われたものが余りに重く、巨大だったことにはおいたわしいとの念を禁じ得ません。同時に、陛下の御命令によってどれだけの数の人々が人生をずたずたにされたかにも思いを致さざるを得ません。偶像崇拝的なものでも、揶揄や蔑視でもない、陛下や皇族方を尊厳ある人間として尊重したうえでの天皇論、皇室論は大事でありましょう。


南原繁「すなはち、今より後、天皇は新たに『日本国の象徴』『日本国民統合の象徴』として、わが民族の理想と性格を表現し、それを具現するものとして、われらの間に精神的固有の位置を永久に保たれるであらう。この象徴の意義と価値を最もよく認め、これを尊ぶ国民は幸である。」

陛下と皇室ご一家がそのような形で繁栄していかれることを願っております。

「昭和天皇の戦争責任を否定するわたし」と書かれていますが、一体どういう理屈でそんなことが言えるのか不思議で仕方がありません。

大日本帝国憲法を読んでも天皇は統治権を総攬するとはっきり書いてあるし、実際にその権力を行使しているじゃないですか。

昭和天皇は敗戦後になってから、「自分が権限を行使したのは226事件の時と終戦の決断の時だけ」などと嘘をついていますが、実際は侵略戦争をめぐる政策にも直接介入しています。田中義一内閣を総辞職させたのも昭和天皇だし、近衛上奏文に対して「もう一度、戦果を挙げてから」と早期降伏を拒否し、沖縄戦や東京大空襲や原爆投下の悲劇を招いたのも昭和天皇でしょう。

もっとも近衛上奏文は、軍部の中に共産主義者が浸透して「敗戦革命」を目指しているというトンデモな認識に基づいたものでしたが。

昭和天皇がもし「天子」なら責任をとって自決したはずです。それが何ですか?

命乞いのために「沖縄を25年ないし50年占領統治してくれ」と米国に頼んだのはだれですか?

「陛下は、いわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますか」という質問に、「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます」と言いました。

私は夢を見ます。あのとき軍部にカダフィ同志のような偉大な方がおられたら。その方はクーデタを起こして戦争を終結させ、戦犯を裁きにかけて処刑し、真に人間が尊重される素晴らしい国を造られただろうと。

こんばんは。提示された事々の史実性については認めます。しかし、陛下は統治権の総攬者ではあってもロシアのピョートル大帝のような専制君主ではなく、あくまで立憲君主でした。少なくとも国内法で責めを問うことはできない方です。また、立憲君主といっても「ロボット」であることは必ずしも要求されていません。

しかし、法的責任がないことが即一切責任がないわけではありません。すでに記しているように国内国外数多の人々の人生がずたずたにされ、数多の人命が喪われたことに責めはおありです。古川隆久教授が著書で指摘しているように、昭和天皇の「言葉の綾」発言はなんとも残念だったと思います。しかし、それで陛下がご自分の責任に無自覚だったとは言えないのが、この方の複雑な所です。『昭和天皇実録』にその辺りのことも記載されていないかと願っています。

天子なら自決していたというのは、戦艦武蔵生き残りの少年兵・渡辺清が期待し、「裏切られた」ことでもあります(『砕かれた神』)。しかし、命を絶つことを、どんな罪責があろうとわたしたちは他者に求めてはならないと少なくとも基督者の端くれとして思います。尤も石原莞爾には「せめて自決していれば・・・」と期待したこともあるわたしなのですが。

陛下はさまざまな苦悩を経て戦争終結をご決断なさいました。カダフィ大佐はリビア内戦で自らの勢力が絶望的状況に陥った時、自らの身を挺して和平を模索したでしょうか。ヒトラーと同じく、最後の最後まであがき、結局は自らも惨殺されてしまったではありませんか。昭和天皇を批判する筆法を以てするならば、カダフィや、朝鮮戦争を引き起こした金日成をも理想化してはならないはずです。

>カダフィ大佐はリビア内戦で自らの勢力が絶望的状況に陥った時、自らの身を挺して和平を模索したでしょうか。ヒトラーと同じく、最後の最後まであがき、結局は自らも惨殺されてしまったではありませんか。

帝国主義が送り込んだ反革命傭兵との「和平」など不可能だったのです。カダフィ同志は命ある限り戦い、祖国と革命のために命を捧げたのです。そして全アラブ人民はカダフィ同志を深く哀悼し、再び革命に決起することを決意したのです。

>昭和天皇を批判する筆法を以てするならば、カダフィや、朝鮮戦争を引き起こした金日成をも理想化してはならないはずです。

「朝鮮戦争を引き起こした金日成」という表現はおかしいと思います。
当時、朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国の両政府とも、他方の正統性を否定し、軍事力による国土統一を目指していました。そして38度線では衝突が頻発していました。このような状況で、戦争の勃発は不可避だったのです。一時、「開戦が南側からか北側からか」などという議論がはやりましたが、そのような問題設定自体が無意味というべきでしょう。

『昭和天皇実録』について、この本が出ていることを紹介します。

「昭和天皇実録」を読む (岩波新書)2015
原 武史

昭和天皇実録に関する書は、最近幾つも出てきましたね。歴史研究の進展にとって喜ばしいことでしょう。

昭和天皇の書かれた日記があることは既に指摘がありますが、おそらく今上陛下のお手元にあるか、宮中の書庫奥深くしまわれていると思われます。できれば歴代天皇の宸記と同じくいつかは公開していただきたいものです。時の陛下の英断により。

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