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桂宮殿下の為に ペンテコステの今日「願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい(テモテへの手紙Ⅰ2章1節)」

「宜仁親王殿下には,本日午前10時55分,東京大学医学部附属病院において,薨去(こうきょ)されました。謹んで哀悼の意を表する次第であります。」
(宮内庁発表)

桂宮殿下が薨去された。三笠宮殿下のご次男で、長く車椅子生活、そして闘病生活を送ってこられた方である。
ご両親の三笠宮ご夫妻にとっては、これで高円宮殿下、寛仁親王殿下、そして桂宮殿下とご子息が三方続けて、全員先立たれたことになる。両陛下にはご夫妻の胸中を深く思い遣っておられるとのことだが、齢100近くになってのご心痛は想像するだけでも心苦しい。

戦前の苛烈、不幸な迫害と、それに対する抵抗の結果、そして迫害を怖れての国家神道、軍国主義への迎合の反動として、日本の現在のキリスト教界には「天皇制」反対の風潮も強く、大手のキリスト教専門誌が天皇制批判の企画漫画を連載し、それが広く受容されるという現実がある。現在の象徴天皇制すら認めてはいけないのだという。天皇陛下の為の執り成しの祈りすら「不可」だという人までいる。

しかしわたしは片隅からであるが声を大にして叫びたい。

皇室の方々を吹上御所や赤坂御用地から放逐して日本を共和制にすれば何か解決するとでもいうのか、と。

他国の現実を見ればいいではないか。共和制国家の米国のオバマ大統領は、韓国の李明博前大統領はプロテスタントである。そして朴槿恵大統領はカトリック信徒である。しかし両国が「神の国」だとでもいうのか。理想国家だというのか。差別が何か解消されているとでもいうのか。差別も貧富の格差も、基督者の端くれであるわたしからすれば、結局は個々人の心の問題である。

宗教は所詮祈るだけだという。しかしどれだけ法律を作ろうが、階級を革命で逆転させようが、富豪から全財産を没収しようが解決はしなかった。社会主義の壮大な実験も「赤い貴族」「太子党」「白頭山革命血統」を生み出しただけであった。人間にある根源的な罪の問題と個々人が向き合うしかないのである。そして万人の救済は窮極的には主なる神に拠る、それが基督者の端くれのわたしの考えである。

現実に眼前にある貧困、格差、差別、そして神ならぬものを神とする偶像崇拝との戦いをやめよというのではない。為政者の腐敗を正すのをやめよ、政治悪、社会悪を大目に見てなあなあでいけというのではない。万人に侵すべからざる尊厳がある、貧窮者に、被差別者に尊厳はある、当然ある。

しかし天皇にも、皇族にも尊厳はあるのだ。かつてハプスブルク王朝が崩壊した時、屈辱に耐えて自分を放逐するオーストリア国民の幸福を祈ったカール1世皇帝が宮殿を去ろうとすると、ある共和主義の議員はこう呼びかけたという。「ごきげんよう、ハプスブルクさん!」と。この議員の真の内面はわからない。しかし、わたしがこの言葉から受けた印象、それは高貴なる者を低位置に引き摺り下ろして喜ぶ残酷さと卑しさである。わたしは愛する日本国でそのようなことが起きることに耐えられないのである。

わたしは現在の政権にはきわめて批判的である。退陣を望んでいる。為政者たち、そのブレインたちに個人的な憎しみを覚えることすら多々ある。しかし、その批判に、己の憎しみに打ち克っての愛が込められていなければ、一切は単なる私憤と憎悪に過ぎない。

わたしは折に触れて皇室の方々の為に祈る。
そして桂宮殿下の為にも祈る。その魂の安息を祈る。

わが主なる神が亡き宜仁親王の魂に永久の安息を賜りますように。

聖霊の御降臨を記念するペンテコステの今日この日に。

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