最近のトラックバック

«  「罪もないのに、突然、鞭打たれ、殺される者の絶望を神は・・・」 大西巷一さん作『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』第2巻発売 | トップページ | 桐原いづみさん『サボテンの娘』(双葉社)の紹介 「あーあ 人生って世知辛いなあ」 »

藤田若雄さんのこと 「平和は無いか。何処にも無いか。否ある。俺の中に小さくともってゐる。之はイエス・キリストによって点火された信仰による平和の灯だ。そして之が平和の礎だ。」

Warriorsさんへ。お話のあった藤田若雄さんについて
わたしはたった1冊の著書を通じてしか知りません。

『矢内原忠雄-その信仰と生涯-』(教文館)

詳しくは当該書ほか藤田さんの著作集を図書館で探していただきたいと思います。
藤田さんは、わたしが深く尊敬する矢内原忠雄の門弟の一人でした。

1938年、日中戦争のさなか藤田さんは応召。

その時の苦悶。

「『君が軍隊か戦場で学ぶものは、復活と再臨の信仰である。…』

この(矢内原)先生の話は、戦場で死ねときこえた。
・・・国民の罪を負って戦場で死ねということになる。

・・・射撃を命ぜられた時、敵をねらってうてるか。
突撃を命ぜられた時、敵を銃剣でさせるか、
方向ちがいをねらって撃つか、突撃して行って、
敵の前で突然銃剣をすてて、敵に殺されようか。
そういう態度をとれば、督戦隊の銃弾がうしろから来るであろう。
それでよいのであろう。

・・・先生に連れられて散歩に出た。
月がすみ、虫がなく夜の途を、黙ったまま、ずいぶんと歩いた。
これが、先生の一人の弟子とこの世で別れる時の態度であろう。
先生も私が死ぬと思っているであろう。

・・・札幌25聯隊へ死刑囚の如く行った。しかし私は(結核のため)即日帰郷を命ぜられた。
東京に帰って御挨拶に伺ったところ、君のために送別歌を書いたが、
もう復活してきたかといって笑われた。・・・

送別歌  若き友の入隊を送る

羊を狼の中に
入るる思ひす。
されど往け、世に在りて
己が思ひを為す者あらず。

心柔和に体弱き君は
戦闘に適はしからず、
肩に置かるる銃は
君の十字架である。

何処にまれこひつじの
往き給う処に随へよ。
思ひを単純にして
神の御顔のみに依り頼め。

肉体死線を越え
霊魂暗黒に包まるる時、
復活の希望さやかに
君は第三の天にあらう。

我れ十字架を教へ
君それを負ふ、
我が心痛む、
復会ふは何の日何の処ぞ。

十四万四千人の歌ふ
新しき歌を覚えよ、
我ら再会の日の
力強き合唱の為めに。

この詩は獄中の河上肇をいたく感動させた詩であり・・・
送別歌は九月二三日削除処分に附せられている。その時先生は呼び出され
『皇軍を狼とは何事だ!』と言われたそうである。」

1939年に藤田さんが矢内原の集会の同人雑誌『葡萄』に載せた
「戦闘的平和論」

戦争は直接的暴力による生命の殺戮である。
我等の信仰によれば人は皆神の愛の対象である。その天性の如何にかかわらず又人種的・民族的差別の如何にかかわらず神に対しては平等なる価値をもつものである。・・・

我等は神の愛の対象、救の対象を殺戮することは如何にしても是認することは出来ない。
我等は更に暴力を否定する。我等は如何なる目的のためと云へども暴力を手段に用ふることを否定する。・・・

『資本主義的生産関係は工業の発展に比して農業の著しい不均等と大衆の半飢餓状態を前提としてゐる』
それは農民と労働者との犠牲の上に聳立してゐる。
かかる状態が正義に反すること明白である。我等は資本主義を否定する。・・・

『悪しき者に抵抗するな、人もし汝の右の頬を打たば左をも向けよ』(マタイ伝五の三九)
之は基督教無抵抗を述べたものである。之は事柄が個人的なる場合であって自分一個に就いての利害関係に於ける無抵抗を述べたものである。一個人の利害を超えた一般問題に就ては我等は神の正義の世に行はれんことを望まねばならぬ。・・・

今や世界の大多数の国家は全力を挙げて戦ってゐる。・・・人間は獣よりも無価値に取扱はれる。・・・

平和は無いか。何処にも無いか。否ある。俺の中に小さくともってゐる。
之はイエス・キリストによって点火された信仰による平和の灯だ。そして之が平和の礎だ。
・・・

主よ、力を与へたまへ。

幸福なるかな、平和ならしむる者。
その人は神の子と称へられん。(マタイ伝五の九)」


戦争を喜ぶ者どもを否定するなら、自らが支持する側に属する国家、為政者の罪悪をも厳しく、「敵」以上に自らの罪として厳しく糾弾せねばなりません。そのことに藤田さんのことから貴方にも気づいていただければと祈ります。

戦争煽動者が勝ち誇っている今だからこそ。

«  「罪もないのに、突然、鞭打たれ、殺される者の絶望を神は・・・」 大西巷一さん作『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』第2巻発売 | トップページ | 桐原いづみさん『サボテンの娘』(双葉社)の紹介 「あーあ 人生って世知辛いなあ」 »

歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

私は戦争一般の否定者ではありません。正義の戦争(反米反日・反シオニズムなど)のためには命を投げ出す覚悟はいつでもしております。

Vendrá la guerra amor y en el combate
No habrá tregua ni freno para el canto
Si no poesía haciendo incontenible
del cañón de tus fieles libertarios.

戦争がやってくる、愛しい人よ
戦闘の中でも歌うことをやめはしない
むしろ戦いの歌は解放の銃身からほとばしる

こんばんは。わたしは研究の為の「チュチェ思想」には興味がありますが、それを自分のものとして受け容れようとは思いません。朝鮮の地ではまさに思想統制の手段になってしまっています。

そして、戦争を否定します。「正義の戦争」も結局は人民同士の殺戮ではありませんか。反米の戦いで殺される米軍兵士は貧困層の人民が殆どでしょう。

また、わたしは安倍や金正恩を嫌悪しますが、彼らとて主なる神の御視点からすれば愛の対象です。自分自身が死に直面すればすべてを忘れて「敵を殺せ!早く脅威を取り除け!」と醜くわめき散らすこと必定であればこそ、戦争を否定します。

繰り返して藤田さんの言葉を引用します。

戦争は直接的暴力による生命の殺戮である。
我等の信仰によれば人は皆神の愛の対象である。その天性の如何にかかわらず又人種的・民族的差別の如何にかかわらず神に対しては平等なる価値をもつものである。・・・

我等は神の愛の対象、救の対象を殺戮することは如何にしても是認することは出来ない。

お久しぶりです。
『矢内原忠雄-その信仰と生涯-』(教文館)を中古で入手しました。これから読むつもりです。
ところで、これについてどう思われますか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11143179646

長らくご無沙汰しておりました。

安倍政権が愈々猖獗を極める中、先人・矢内原忠雄や藤田若雄の著作に
触れて下さることを、一人の基督者の端くれとして嬉しく思います。

上記の件については、やはり今の日本で人民服は異様の感を持たれると思います。
自分の家庭で用意できる範囲での服で可かと。

私個人は、とりわけ夏には、教会の礼拝でも、もっともっと「ラフ」な格好で
良いような風潮になれば良いと思っています。

もはや背広は、夏の日本には適しません。

きょう、11月2日は藤田若雄さんのお生まれになられた日でした。
検索をしていて享安山人さんのブログを見つけ、多くのことを教えていただきました。
たくさんの記事、ゆっくり読ませていただき学ばせていただきたいと思います。

kaguragawaさんへ。
ブログを御覧下さり、ありがとうございます。最近は更新も滞っておりますが、本当に感謝いたします。

藤田若雄さんの誕生日なのですね……。
11月2日は。初めて伺いました。

私には、キリスト者の一人として、先人から学ぶことがまだまだ山とあります。一生かかっても、尽きることはないでしょう。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

«  「罪もないのに、突然、鞭打たれ、殺される者の絶望を神は・・・」 大西巷一さん作『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』第2巻発売 | トップページ | 桐原いづみさん『サボテンの娘』(双葉社)の紹介 「あーあ 人生って世知辛いなあ」 »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ