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ついに勇気を出せなかったわたしです

先日の昭和の日、大阪市内で皇室擁護を名目にした差別煽動「デモ」があると知り、皇室を敬愛する一人として、昭和天皇があの戦争での膨大な犠牲、隣国への加害にどれほど苦しまれたかを、そして今上陛下が皇室に百済王家の血が流れていることを強調されてまで隣国との和解と共存を訴えてこられたことを「デモ」参加の人々に伝えたいと思い、ビラを作製して手渡そうと思ったのですが、参加者とおぼしき人々を前にしてついに勇気を出すことが出来ず、虚しく帰途に就きました(「デモ」自体は雨天で中止)。

虚しく紙屑と化したビラの文面は以下の通りです。

立ち止まってみませんか

「わが国はお国に対して、数々の不都合なことをして迷惑をかけ、
心から遺憾に思います。ひとえに私の責任です。」
(昭和53年10月23日 鄧小平に対して)
岩見隆夫『陛下の御質問』
「朝鮮に対しても本当にわるいことをしたのだから」
-昭和天皇-
(昭和57年7月27日『入江相政日記』)
古川隆久『昭和天皇-「理性の君主」の孤独-』参照

今日4月29日は昭和天皇と昭和時代を記念する昭和の日です。
昭和天皇はご自身が負われた戦禍の重荷に終生苦しまれました。三百万人以上もの日本国民、そしてそれ以上の膨大な数の諸外国の人々が耐え難いまでに苦しんだ果てに命を奪われたことをご自身の責めとして苦しまれました。

今上陛下は幾度も隣人、隣国との友好を強く訴えてこられました。皇室と遠い昔の百済王家との血縁をも語られました。
隣人である韓国・朝鮮人や中国人を憎悪するのが本当に大御心にかなっているのかどうか、この昭和の日に一度ゆっくり立ち止まって考え直してみませんか。

憎しみを叫ぶのは一時的には心地よいかもしれませんが、後には相手からの更なる憎しみの応酬、そして不安と敵意を生み出すだけです。そうなると自分自身が本当に苦しいのです。わたし自身の経験です。
これは実は「カウンター」側にも訴えたいことです。

向こうの「反日」は確かに日本人を苛立たせるものです。しかし、相手の「反日」がなぜ生じてしまったのか、わが国が嘗て隣人に何をしたのか、歴史を学びなおすことで、わが国とわたしたちの過去を振り返り、真剣に考えてみませんか。図書館に行けば専門の歴史学者の書いた近現代史の労作があふれているのですから。つらい過去と向き合うのは本当に苦しいことです。しかし、それをしなければいつまでも憎悪と偏見に自らを委ねるだけです。

たやすく生み出せる憎しみを棄てて、赦しと和解を求めませんか。自らが、差別意識と内なる憎悪と日々戦っている一人の日本人、内村鑑三にならって「二つのJ―JESUSとJAPAN-」を愛する一人のキリスト教徒からの呼びかけです。
この訴えが百人中一人にでも届けば幸いです。
2014年(平成26年)4月29日 昭和天皇ご生誕から113年目
ひとりのキリスト教徒・プロテスタント信徒の日本人より
(以上)

矢内原忠雄の「悲哀の人」を載せましたが、特高や右翼青年が残酷な情熱を以て注視する中、同様の講演を幾度も幾度も行った先人に比べて、わたしがどれだけ勇気が無いかを思い知り、恥じています。

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