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吉野を訪ねて 昔と今の違い

今日、ふと思い立ち吉野を訪ねた。
目に鮮やかな新緑を見たいというのが大きな理由。
自宅を出て電車を乗り継ぐこと3時間余りで吉野山の麓へ。

日本有数の古さのロープウェーで山上へ登るが、小雨がふっていたこと、
既に午後3時をまわっていたことから、そのまま戻る。
20140505


後醍醐、後村上の二帝が住まわれた皇居跡を訪ねてみようかとも思ったのだが。
高師直の襲撃によってその皇居は灰燼に帰した。

新緑を目にしたことと山上駅前で焼きあまごを食べたのがわずかな収穫となる。

かつては後醍醐天皇の「悲運」にとにかく同情し、「朝敵」の所業に憤ったものだが
いくつか歴史書を読んだ今では違う見方をするようになってしまった。

仁愛を忘れて我執に生きてしまった帝王、というのがわたしの今の見方である。
天皇ご自身には、どんな手段を用いても成し遂げたいさまざまな理想はあっただろうが、
あまりにも仁愛を、公義を軽んじられた。
鎌倉幕府に対し、天照大神にまで誓っての、倒幕など企てないという起請文を下しながら
その後なさったことはここをご覧の方々はご存知であろう。
建武中興の実態、東宮に譲位されたはずが、いつの間にかそれが反古になり
父と子二人が共に綸旨を発する状態になっていた、等々・・・・。

あくまで軍記物であるが、『太平記』には鎌倉幕府の権力者、長崎高資の言葉が記されている。

「わが朝には、義時、泰時、下として不善の主を流す例あり。
されば、古典に
、『君、臣を視ること土芥の如くする則(とき)は、
臣、君を視ること寇讐の如し
』と云へり。」

孟子を引いたこの言葉に、今は深く頷いてしまう。
そこまで言わざるを得なかった幕臣たちに却って同情してしまうのである。

これは、一天万乗の大君も「あやしき下臈、賤(しず)の身」も同じ人間なのだ、
同じく尊厳がありかつそれぞれ正義公道を重んじねばならない存在なのだという
認識を得られたことによるのだと思う。

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