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洞爺丸事故を連想しました

韓国で旅客フェリーが沈没し、修学旅行の高校生など多くの人々の生死が不明との事。「定期航路のフェリーがなぜ?今時のフェリーならば、航路がコンピュータに入力されていて座礁なんてまずありえないのでは?」といった疑問がありますが、いたましい事故には違いありません。

その昔、津軽海峡で起きた青函連絡船洞爺丸の沈没で、遺体安置所で幼児の遺体に寄り添う老婆の写真が報じられたとのことですが、矢内原忠雄は新聞でその写真を見て声を挙げ泣いたと聞きます。

巨大な船であれば片隅に空気が入ったまま沈没していて、そこに生存者がいるという可能性もあるでしょう。

学生時代、新日本海フェリーで帰省先の大阪から大学のある北海道に戻るのが楽しみでした。安全ならば、満天の星空、天の川、船に沿って泳ぐイルカの群れなどを見ることもできる船旅ですが、一度海難に遭えば恐ろしい。

少しでも救われる命のあることを。すでに命を失った人々にはせめて彼岸での安息がありますように。

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