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子どもの私が気付かなかったこと キュリー夫人の「ロシア歴代皇帝名暗唱」

昨日、ふと思い出したこと。

子ども時代、学習漫画のキュリー夫人伝を読んだ経験がある。当時ロシア、プロイセン、オーストリアの三国に分割されて「亡国」の状態にあったポーランドで、後のキュリー夫人父子はロシアによる苛酷な統治に苦しめられる。教師の父はロシア語の成績が悪かった生徒を庇ってロシア人の校長に「でも、校長だってロシア語の文法を間違うことはあるでしょう?」と言ってしまい免職になる。娘のマリーは教室でロシア人将校から「わが偉大なるロシア帝国を統治した歴代皇帝の名前を挙げなさい」と言われ、流暢なロシア語で歴代皇帝の名前を挙げていく。将校はマリーを褒めた後に「では、現在諸君を治めている皇帝の御名前は?」と尋ねる。

マリーは「わたしたちはポーランド人よ!ロシアの皇帝のものじゃないわ!」と激しく葛藤したが、将校の「どうした!答えたまえ!」との叱声に「アレクサンドル2世です」と答えてしまう。将校が立ち去った後、マリーはポーランド人教師の胸にすがって慟哭する。

当時「ああ、お父さんは、マリーは本当に気の毒だ。ロシアはひどい国だ」と思った。しかし、当時のわたしは大日本帝国が韓国を併合した後、韓国人の子どもたちに神武天皇から明治天皇、大正天皇、昭和天皇に至るまでの百二十数代の歴代天皇の諡号、追号を暗唱させたことは全く知らなかったし、知ろうとも思わなかった。皇民化教育の実態を自分から積極的に学ぼうとは思わなかった。

知った後も、キュリー夫人の話に結び付けて思い起こすこともなかった。

「自虐教育はよくない、それは反日だ」という。しかし、実際にあったことは伝えるしかないではないか。学ぶしかないではないか。美談、最近書店に山と積まれているような「日本人を元気にする話」だけを読み聞かせられた子どもが、アカデミズムによる歴史書に触れて醜い部分をも知った時の反動は大きいだろう。我国はずっと自虐だったという前に、どれだけ真剣に植民地統治や侵略戦争への反省があっただろうか。

「学問には権威がございますぞ(矢内原忠雄)」。派手な見出しのついた「日本人を元気にする」本が山と書店に積まれている一方、ここ大阪では近現代史専攻の歴史学者による著作は、梅田などにある大規模書店に行くか、インターネットで自主的に探さない限り近所の小規模書店では簡単には手に入らない状態だと個人的な印象ながら感じている。「そういう本」に需要があるから小規模書店に平積みになっているのだろうが、「危うい哉」と思う。

皇室についても同じである。北朝天皇も含めた130人近い歴代天皇、皆人間である。個性豊かな人間である。そしてわたしは自分の考えで、ある天皇については尊敬するし、ある天皇については厳しい評価を下さざるを得ない。それは民主主義社会に生きる人間の権利であるし、無条件に天皇だから崇拝する、あるいはある識者が言ったような「天皇が人間宣言をしようが神なのである」というのは偶像崇拝でしかないであろう。その識者がそう信じるのは「思想の自由」かもしれないが、公の地位にある人間がそう公然と主張するのは、本人がよほど禁欲的でない限り思想の強要に至る一歩手前であろう。

その昔、良心的兵役拒否者を「ヤンキーの国に帰化せよ」と罵倒する「愛国少年」であった難波大助は大逆事件に触れ、独学の結果「神秘と虚偽で固めたる 呪いの日本帝国よ」と皇室と祖国日本を呪詛するに至った。虎の門事件の後法廷で「心から天皇を神だと信じられたら幸福だと思う。でもできない」と涙ながらに訴え、法廷の判事や検事たちに問い返したそうである。「あなた方は天皇を神だと信じているのか」と。皆気まずく沈黙し続けるのを見た難波は絶叫する。「我勝てり。諸君の答え得ぬ所に諸君の自己欺瞞がある。我を絞首刑にせよ」と。

わたしは孜々として公務に努め、平和と人間の尊厳を重んじられる今上陛下は心から敬愛している。しかし、歴代天皇の中には「あまりにも臣下に無慈悲ではありませんか、残酷ではありませんか」と言わざるを得ない方もいる。承久の乱で敗北が決定的となった時の、後鳥羽院の官軍の将士に対する仕打ちなどはまさにそれである。

先日知ったこと。皇室にさほど関心は無い、自分で歌うときには勝手に「君が代は」を「我が国は」に変えて歌っているという人物が都知事として象徴天皇をたたえる国歌の斉唱を部下職員に強要していた、しかもそれについて何の反省もないようである。あまりにもひどすぎないか。このような人間が「愛国者」とされる。

わたしは主の御前にはまぎれもない罪人である。だが「僕の語る言葉は僕自身を審くだろう。しかし、それでも言わねばならない(内村鑑三の門弟の一人・藤井武)」ということはある。ひたすら沈黙して自己の修養だけにいそしむというのも選択肢の一つかもしれないが、藤井やその親友・矢内原忠雄が訴え続けたような姿勢を取ることも必要であろう。

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