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「われ信ず。信仰なき我を助け給へ」

「われ信ず。信仰なき我を助け給へ」(マルコ福音書9章24節)

日々を生きるということは、感謝すべきこと、嬉しいこと、楽しいこととともに
苦しいこと、辛いこと、逃げ出したいことが次々とわが身に降りかかってくるということでもあります。

今日、感謝すべきこととともに、逃げ出したいこと、身が消え入りそうになることもありました。

ある牧師さんが潜在的な自己愛性人格障害について触れていましたが
「ああ、まさしくわたしのことだなあ」と痛感しました。
その文章は読むのが苦しみそのものでしたが、わたしに内在している罪を
心理学的に分析したらそうなるのでしょう。

ただ、矢内原忠雄が「個々の行為の度毎に、動機の純粋さ、心の真実さを反省し
分析し検討することは、キリストの律法の要求するところではない。
それは道徳の病理解剖であつて、生態的活動ではない。分析によつて愛は死ぬる。
然るにキリストの律法は人を生かす律法であるから、一々の行為をひねり潰して
詮索することをせず、人間を全体として生かす道を計る。」と語っていることは
大いなる慰めと励ましを与えてくれました。


古代ユダヤに生きたある人の
主イエス・キリストへのこの叫びはまさにわたしのものです。

「われ信ず。信仰なき我を助け給へ

付記
今月16日、岩波書店から文語訳の新約聖書が文庫で出るとのこと。
実に喜ばしいことです。今わたしが持っている新共同訳聖書は
わたしの心と人生の糧そのものですが
力強い、明瞭で迫力のある文語訳もまた矢内原忠雄など数多の基督者を励まし導き、
また信仰の無かった人々を信仰に導きました。

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