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「全人格を傾けたる真心の一言を吐け」 2013年・平成25年を終えるに当たって

まもなく2013年・平成25年が終わりを迎えようとしています。

この一年、この国では、世界では嫌なことがたくさんありました。
わたし自身にとっても嫌なこと、苦しいこと、辛いことがたくさんありました。
しかし、罪に塗れ切ったわたしをも
主なる神はここまで導き給いました。生かしめてくださいました。
感謝です。

そしてわたしの日々を支えて下さった方々に、隣人に感謝です。

わが身とわが行い、わが言葉を省みる時、
とりわけ公にされないものを省みる時、わたしは自分がまぎれもない罪人なのだと
幾度も幾度も繰り返し自覚させられます。罪を犯し続けるこんな自分は
神からもう完全に見放されてしまったのではないか、
絶望の中、恐怖と自暴自棄の中生きるほかないのではないか、と俯いておののくこともあります。

「私どもは何度か自分で神へ転ろうと思って努力してみますが、できないで我らを牽転し給えと祈り求めます。それを牽転して下さるのはイエス・キリストです。私どもはイエス様によって顔の向きを変えまして、神様の方へ向き直ります。私どもがはっきり向きを変えて、真正面から神の聖顔を見た時、その瞬間に『汝はわが愛しむ子、我汝を悦ぶ』という声を聞きます。その時に私どもはキリスト者として召し出されたのです。私どもは驚きます。『私どもが神の子?この無力無能、汚穢下賤の私どもが神の子?そんなことはありようはずがない』、これが私どもの荒野の試みです。『汝は何の善行もできず悪いことばかりしているではないか。高い所から飛び降りる勇気もなく石をパンに変える力もないではないか』、これは私どもがサタンに試みられているのです。サタンは私どもに向かい、『だから汝は神の子ではない』とささやいています。彼は勝ち誇って言います『キリスト者よ、汝の名は無力なり』と。

・・・天使は私どもに教えてくれます。『このことができるとかできないとかいうことを、神の子たることの標準にしてはいけない。霊において神に結ばれることが、神の子たる証拠である。神とともにいさえすれば、何ができなくとも神の子であり、神はそれを喜んで下さる』と。こういう意味で神の子である者がキリスト者です。」
(矢内原忠雄『イエス伝』)

来るべき一年がどんな年になるのかわたしにはわかりません。
「神よ、罪人なる我を憫み給へ」と祈り続けて生きていくつもりです。

わたし自身に言い聞かせる言葉。
「全人格を傾けたる真心の一言を吐け」(矢内原忠雄『第三イザヤ書講義』)

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