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« 涙もろくなると共に生きる力を与えられて | トップページ | 人と論ずる際に ささやかな祈り 2008年7月の文章の再掲です »

「Warriors」さんへの回答に替えて

「Warriors」さんによる、以前の李明博前韓国大統領の発言記事へのコメントを受けて。

もう記事がだいぶ以前のものなので、こちらであらためて返事をさせていただきます。

はじめまして。検索からここへ来られたとか。
まず、国会答弁等の資料、ありがとうございました。
「個人請求権」については日韓基本条約にともなう請求権協定後もなお有効とのご指摘です。
わたしは「完全且つ最終的に」は文字通り一切に対してのものだと考えておりましたので
このご指摘は虚心に受け止めたいと思います。

それでもわたしは、個人請求権によって訴訟を起こすことを容易に受け容れられないでおります。
「憎悪の再生産」になりはしないかと。

韓国人、朝鮮人、その他各国の被害者がさまざまな国家間の条約にとらわれることなく
自由に日本に請求できるという事は、日本人被害者もまた韓国などに請求できることを意味すると思うのですが
いかがでしょうか。「個人」を言うなら、それが公正であるはずです。
「あなたは『加害国』の人間なのだから訴訟など起こしてはならない。」というのは
「個人」をそれこそ無視するものであるかと考えます。

ご存知の通り、引き揚げの際には万単位の日本人が現地の中国人や韓国・朝鮮人によって
命を奪われ、或いは凌辱されました。戦後68年になってそういうことによって
「訴訟合戦」を繰り広げることにどれだけの意味があるのかわたしは疑問に思うのです。
被害者の感情が「日本国からの直接の補償でないと何としても納得できない」
というのであれば確かにやむを得ないことと思います。しかし、それは
日本人の被害者にとっても同じことになるでしょう。
限りなくお互いに過去を抉りあうことになりませんか。

ここで逆にお尋ねします。北朝鮮を長い正式名称で呼んでおられますが
ヴォルテールの言葉を借りれば「民主主義」でも「共和国」でもないあの国について
どう思っておられますか。

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歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

ブログ主様

貴ブログは小生の考えととても近く共感でき、愛読させて頂いております。
ブログ主様の考え方は常識的でバランスがとれている、といつも感心しています。

個人請求権問題ですが、これを国家間の条約によって消滅させられないのは国際法的に事実です。
しかし、それですとブログ主様がおっしゃるように、

>韓国人、朝鮮人、その他各国の被害者がさまざまな国家間の条約にとらわれることなく
自由に日本に請求できるという事は、日本人被害者もまた韓国などに請求できることを意味すると思うのですが
いかがでしょうか。「個人」を言うなら、それが公正であるはずです。
>「あなたは『加害国』の人間なのだから訴訟など起こしてはならない。」というのは
「個人」をそれこそ無視するものであるかと考えます。
>日本人の被害者にとっても同じことになるでしょう。
限りなくお互いに過去を抉りあうことになりませんか。

というような、誠にもっともで当然、当たり前な意見が出るわけですね。
この事について少々解説させて下さい。

まず、順を追って行かないと理解しにくいので、長ったらしくなりますが少々我慢してお付き合いください。
日本国は敗戦後米軍統治を経て、サンフランシスコで連合国側と平和条約を結びました。
韓国は連合国の一員ではないので各国からハジかれましたが、領土の返還を始め正式に日本国の統治権の返還など、平和のために戦後処理を行うようにとの一文がもうけられました。
ここで平和条約とは一体なんであるか、ということを良く理解出来ていない人方が非常に多いので混乱するのだと思います。


平和条約の意義
戦争というのは色々な意味で異常な状況にありますから、その異常な状況にある二国間なり多国間の関係を正常な状態、普通の状態に戻すことが平和条約の最大の目的です。
平和条約では大まかに言って、次の3つのことが定められます。
1、領土の画定
2、戦争中のさまざまな被害、損害、お互いの補償問題
3、戦争犯罪の問題
これら3つの大きな問題が敗戦国、戦勝国側合意しての平和条約の締結となるわけです。
(もちろん、一応は双方向性を有するとは言いながら、敗戦国に厳しい内容であるのはいたしかたがありませんが。ちなみに言うまでもなく韓国は戦勝国ではありません。)
また、補償や損害金問題は、2で確定後は各国間、お互いの請求権は整理されます。
(平和条約では常にそうですが、国と国、個人と個人、そのたすき掛け状にも整理、処理されたという事です。)
こうして戦争した当事者間は全く新しい世界、新時代に入っていくわけですが、もし仮に例えば「個人対国」に請求権が残ってしまうとしたらどうでしょうか?
紛争の火種をかかえたままならば戦争状態の解消をしたとはいえないし、平和条約の大変大きな要素を欠くことになり、もはや「平和条約」とは言えないでしょう。
せいぜい旧ソ連とのように「共同宣言」にとどまらざるを得ないでしょう。

戦争中にはいろいろな事件なり行動が当然おきるわけで、もしこれを平時に復した時ににあたかも河原のの石を一枚一枚ひっくり返すようなことをして問題にしていったら、請求権交渉が国と国にとどまらず私人間の関係も含めて継続するということであれば、百年たっても戦争は終わらないわけです。
だから平和条約を締結する時には、多少おおざっぱでも戦争の前と後で明確に線を引くのです。
そして、補償の問題についても平和条約締結の時点ですべて解決した、ということであるわけです。
その後の個人に対する補償は日本国政府が原爆被害者にしたように、米国政府が傷痍軍人にしたように、その国がすることです。

国際法上は個人請求権が消滅しない事になった理由
これはドイツを例にするとわかりやすいかもしれません。
ドイツの場合、いまだに平和条約を結んでおりません。
これには理由があるのですが、被請求国が健全に立ち直っているにもかかわらず、平和条約に至らない場合、請求国側の個人の請求権まで何十年、あるいは百年も請求できないままである事は不合理で、そういうことを防ぐためにあるといってよいでしょう。
(現にドイツは平和条約無しで個人賠償を行ってきました)
また、ホロコーストのような特殊な場合や平和条約を結ぶはずの国家そのものが消滅している、などを想定した場合、それはそれで意義ある規定です。

しかし、韓国の慰安婦の場合は上記のような立法主旨には合わないのではないか、と小生などは考えますが「法は法」であって、まさに「よこしまな者の上にも法は照らす」で、個人請求権そのものは消滅していないと解するのが妥当のようです。
だだ、正常な国家やその国民であれば慰安婦たちのように日本国に対して訴訟を起こすなどどいうような愚挙に出る事はなく、あっても自分の国を訴えるのが筋であることは言うまでもありませんね。

あまり報道もされておらず知られていないようですが、米国の裁判所に元慰安婦たちが、日本国に対して「謝罪と賠償」を求めて訴訟を起こしたことがありました。
連邦最高裁までいきましたが、下級審からすべて却下され2004年でしたか、「サンフランシスコ講和条約で解決されており、日本国は謝罪も賠償も必要なし、という判決がおりています。
その過程で米国政府の見解も同様の趣旨で明らかにされています。
米国は韓国と違い、正常です。
しかし、それはあまりにもあたりまえで特に日本びいきだったわけではありません。
そんなものがまかり通るなら、原爆の被害者たちは残らず米国で訴訟を起こすでしょうから。

いずれにしても「慰安婦問題」とは、もう済んだ話に他なりません。


取り急ぎ乱文ですいません。

山路さん、こんばんは。懇切、詳密なコメント、ありがとうございます。

わたしのブログは、学識も人生経験も本当に拙いわたしが自分なりに必死で考えたことを綴っているだけであって、至らぬ点は多々あります。それでもお読みくださっていること、感謝します。

従軍慰安婦問題については悩みに悩みました。「戦後生まれのわたしたちに何の罪責があるのか。大体このようなことは過去、現在を通じて世界中であったことではないか。米国も韓国も中国もわが国に石を投げる資格などあるのか」と本気で声を出して叫んだことも数え切れません。過去のいくつかのわたしの文章を拾っていただければその一端に触れる事ができるかと思います。

しかし、ある時、明治大正の昔の山室軍平ら廃娼運動のキリスト者たちのことを考えていて「当時の娼妓たちで進んで売春を行っていた人が果たしてどれだけいただろうか」という点に思いが至り、「ああ、そうか。こんな事を好き好んでやる女性なんかまず殆どいないよな」という考えに至ったのです。法的に個人請求権が存続している以上、まさしく訴訟合戦、過去を互いに抉りあい、憎悪の再生産に繋がる危険性があるのは承知の上で、元慰安婦が「日本国からの直接の謝罪と補償でなければ何としても納得できない」というのであれば応じるのも已むを得ないのではないか、とも。元慰安婦たちがこの世を去るまで沈黙を守るよりは国家として誠実な対応なのではないか、と。但し、これはわが国民個人からの個人請求権も当然認められるという条件においてです。わたしは憎悪の再生産を恐れますので、この事を積極的に受け容れるのは難しいのですが、個人請求権に基づく補償がその被害者の尊厳回復にどうしても必要というのであれば、政治的判断よりは既に被害を蒙った人々のことを先に考えるべきだと思っています。

戦後生まれのわたしを含めた世代にその負担がのしかかるのも承知しています。今でも「このわたしが何をした」と叫びたくなることもあります。しかし、良き伝統を継承するのなら、同時に負の遺産も継承せざるを得ないのではないか、と思うのです。

わたしの好きな小説の一節にこんなくだりがあります。作者は真摯に物事を考える方で、今でも時折読み返しています。父王を侵略者によって処刑された王太子が、その処刑を命じた敵の将軍の娘に切々と語りかける場面です。

「俺がもし自分の父の仇をとったら、お前は、俺にたいして仇をとりたいと思うか?」
「そうやって、互いに恨みを堆積させていくことは、しかたがないことだと思うか?」
「だけど忘れられない。俺の目の前で殺された父のことが・・・」
「わかっている。仇を取ったって死んだ者は生きかえらない。」

「それなのに・・・わかっているのに・・・処刑台の前に連れて行かれたあの日のことを思い出すと、今でも吐きそうになる。」

韓国の謝罪要求には、この王太子のような心境があるのではないかと思うのです。

管理人様

日韓条約ではお互いすべて個人の請求権も消滅した、としているわけですが、これは国家による外交保護権が消滅した、と解されることである事ははどなた様も異論はないと思います。
ただ、ここから「外交保護権の消滅なのだから個人請求権は消滅していないのだ」に敷衍され、さらには「請求権が消滅していないのなら補償するべきだ」とする、かなり雑駁な理論に展開して行くのは明白なあやまりと思います。
ここで文言の意味の整理をしないと、そういうおかしな三段論法が生まれてくるのでしょう。
一般に「請求権」というと、「支払いを受ける権利」と解釈してしまいがちですがそうではありません。
当時の外務省答弁でも良く読めばわかるように「請求権」は法律用語として用いています。
つまり、「訴訟をうくることの出来る権利は消滅していない」といったほどの意味がより適切です。
そこで、元慰安婦たちは日本国を相手に四十数件の訴訟を日本国政府相手に起こしました。
その結果、主に「当時の法律では、国家無答責の原則があった」などとの判決があり、また直近の最高裁では「条約にて解決ずみ」というもので、元慰安婦たちの訴えは退けられました。
かかる訴訟では、元慰安婦たちはまさに「請求権」を行使したのです。
ところで、すべて契約はお互いの信義誠実にもとづくもので、条約はその最たるものですね。
国と国が交わした約束ごとは少なくとも、国そのものが破ってはいけません。
韓国政府は最近になって「日本政府は元慰安婦に謝罪と賠償を」と言いますが、これは国家として決して言ってはいけない恥ずべきことでしょう。
国家として条約の相手国との約束を徹底させるべく、国内的に補償制度を充実させ慰安婦たちへの補償をもっと篤くすべきだったでしょう。
韓国政府は2004年まで日韓条約の内容を公表しておりませんでした。
韓国政府にこそ、第一義的な責任が問われるべきでしょう。


こんばんは。わたしの過去の投稿のいくつかでわかるように、この問題には今尚苦悩しております。「戦後世代のわたしたちが何をした!」という叫びと、どうすれば被害者の心が癒され、和解が為され得るのかと。従軍慰安婦問題の「強制性」についてはそれこそ随所で膨大な議論が重ねられていますが、わたしが「すとん」と納得がいったのは京大の永井和教授のブログでの論考でした。結論から言えば「業者を通じて慰安婦を集めさせていた帝国陸軍ですら慰安婦という存在は公にはしたくない、できれば公の場では知られたくない恥部であった」と。

ありていに申しますと、「国家無答責」は今のわたしには疑問を抱いております。実に畏れ多いことですが、「君主無答責」という概念がありますね。わたしは昭和天皇を今も尊敬しておりますし、法的には責任無しと思いますが、数多の論者が空虚な観念とする「道義的責任」は重大だったと考えております。かつては躍起になって「法」を楯にして昭和天皇を弁護しておりました。しかし、昭和の陛下が幾度もの御下問を通じてその御意志を政治に、外交に、作戦に、人事に反映させておられた事を知っていくにつれ、これだけ御自分の意志を現実政治に実際に反映させ、数多の内外の人々の人生を、生死を左右させながら「無答責」となるというのは、そもそも「無答責」の概念がおかしいのでは?との結論に至ってしまったのです。国家そのものについても同じです。

「法的には終わった」と個人に対して拒絶し続けても、遺恨が永く残るだけでしょう。韓国といつまでも対立を続けたいのでなく、和解を望むのであれば、加害国からの一層の歩み寄りが求められるのではないでしょうか。「信義誠実」を言うならば、わが国の要路の人々は、東京裁判のジャッジメントを受諾したサンフランシスコ講和条約の重みをどれだけ真剣に受け止めているのか、と今日の新聞を読んで思いました。米国などの先進主要国が黙過しているから、それに甘えているだけではないのかと。

わたしは死刑廃止論者ですので、東條英機や板垣征四郎といった人命を塵芥の如く扱った人々でも、人命は限りなく重いことを悟らしめる為にも死刑にすべきではなかったと思っていますし、処刑された事には同情しますが、その罪責は極めて重いものだったという思いを抱いています。

ブログ主様

>「国家無答責」は今のわたしには疑問を抱いております。
>そもそも「無答責」の概念がおかしいのでは?
もちろん、そのとおりと思います。「国家無答責」=国家が何をしても賠償責任を負わせる手だてがない、ということですから、今の私たちから考えたら恐るべき事ですね。
しかし、日本は法治国家です。
その時代に起こった事件はその時代の法律に照らして裁くのが近代法の原則です。
この原則を踏み越えて事後法を許せば、韓国の通称「親日財産法」のように日本軍に協力した人間の曾孫の財産まで没収するようなあらたな人権侵害を生む事になるのは必定です。
東京裁判や韓国の光州事件に匹敵するような愚行をやることになります。

現在まで原告弁護団や支援組織の法律専門家の研究では、法的突破口を見出す方途として、大まかに分けて次の3つの理論構成を試みてきました。
1、国際法からのアプローチ、人道や人権概念からの適用
2、「挙証責任」の転換ないし、「推定有罪」概念の適用
3、立法による解決
クマラスワミ勧告やマ勧告などはこの、1の考え方に立脚していますが国際人道法の法理はまだ未成熟で実務的には無理な部分が多く、適用は今のところ不可能です。
くわえて日本国は、東京裁判という戦犯裁判をすでに経ていますし、そのうえでさらに北朝鮮を除く被害国や連合国側と平和条約を締結しています。これをまた法的問題として取り上げるのであれば、法治主義の根幹である、「一事不再理の原則」を破ることにもなりましょう。
2、についてはもう説明もいらないと思いますが、いかがでしょう。
残る可能性としては、3だけですが、民主党政権時代ですら法案提出に至っておりませんし、小生の知るところでは政権与党内で提出に向けて議論された形跡すら皆無です。
小生は当時、別段この件に関して民主党政権に期待をよせていたワケではありませんが、当然法案提出くらいはあるだろう、そして国会において可否は別にしても活発な審議が行われるものだろう、とは考えて注視をしておりました。
政権発足からわずか半年で衆参ねじれになったとか、政権の維持に汲々となり他の問題も山積であったとか色々言い訳は出来ると思いますが、要は大して本気ではなかったということでしょう。
ならば、なぜ民主党政権がこの事に本気でかからなかったのか。
ここらあたりが本問のポイントとも思われます。


こうして長々と法的解釈論をブログ主様にえらそうに講釈してしまい、甚だ恐縮です。
小生、「慰安婦問題」とは、もはや初心者にはさっぱりワケのわからない事になっていると思うものですが、ブログ主様におかれては、さすが本気で悩んでいるだけあって核心の部分において、僭越ですが小生のある種の「感じ」と似たところがあり、こうしてせっせとおたより申し上げている次第です。
ですが、そのまえにネットの世界でも巷間色々な偽情報があふれており、その最たるものが法律論やその解釈だと思っています。
国際法や訴訟法など学生時代に少々かじっており、1992年頃から始まる慰安婦論争の経過、戦後の日本国政府の対応などをみれば、法律論では決着した問題であることはもはや明らかです。
にもかかわらず、当然よくその事を承知しているはずであろう、ある種の弁護士たちはこれを「法的に解決していない、しかも現今の問題である」といって憚りません。
小生はそいうった、いわゆる識者や韓国内を含めたマスコミなどの欺瞞が、もと慰安婦たちへの日本国民の真意やまごころを引き出せず、本当の感謝と謝意、慰労、あるいは償いを疎外してきたのだと確信しています。
ことに法律論をあたかも有効であるかのように錯覚させる手口においては悪質で、ブログ主様においてはここを是非とも認識して頂き、事をわけて考えていただきたいのです。


小生は微力にして及ばずながらも「アジア女性基金事業」に協力してきました。
同事業はとても「成功した」とは言えない結末でしたが、ここにこそ、もっと国民がこぞって参画すべきだったと思っています。
いまでも元慰安婦たちへのケアは不十分だと考えており、保守派を自認する友人たちからは揶揄されてしまいます。
いわく、国際政治を理解していないとか、悪しき戦後民主主義の申し子のようだとか、戦後教育の見本のような考えだ、とかですね。
これらの意見は少なからず当たっているのかもしれませんが、それでも何かしなくてはならないのではないか、との思いは消す事ができず落ち着く事ができません。
すべてとは言いませんが、相当程度勉強し保守派の勉強会にも足繁く通い、パネル展や中道先生、吉見先生の講演やシンポジウムにも参加しています。
結果としては、どうみても保守派といわれる理論のほうが正しいのです。
しかし、正しいとか正しくないとかそういうことでなしに、小生は理屈ではなく、「感情」の部分で詮方やるせないのです。
しかし、いったい感情で何も悪いことはないと思うのです。
多少とも接してきた経験から、むしろ国としてよりも、日本国民の「感情」で元慰安婦たちに出来る限りのことをしてあげた方が、元慰安婦たちは喜ぶのです。
「感情は常に理論の先に立つ」はそのとうりで、「感情」から無理やり付け足し敷衍した偽の議論ばかり跋扈している現状では、とうてい真の和解はむずかしいと考えざるおえません。

少し長くなりすぎましたので、まだ言いたいこともあるのですが今日はここで終わります。
いつも真摯なご返事を頂き、感謝いたしております。

                    拝


こんばんは。精緻な指摘、ありがとうございます。すでにお分かりのことと思いますが、法学を専門に学んだ事もない享安山人です。わたしの議論が道徳主義的、精神主義的なものに奔りがちなのもお分かりと思います。しかし、それを認めつつも「法」ではカヴァーできない領域はある、という確信めいたものもあるのです。昭和の陛下の「戦争責任」問題はその最たるものだと考えています。法的には帝国憲法第3条で「無答責」が既に明記されているのですから。

わたしの従軍慰安婦問題への見解は大きくぶれにぶれてきました。法的には完全に解決済みだという考え、戦後世代に何の罪責があるのかという感情。そういう感情を和解に導くものとしてのアジア女性基金は極めて意義あるものだったでしょうが、正直に告白します。わたしはこの基金に何一つ寄与しておりません。上記の二つの理由での自国正当化の思いがその理由でした。悔いても及ばずなのですが。アジア女性基金に何一つ寄与しなかった人間が、実際に貢献された方に物言いをするのも滑稽なのですが、日本人慰安婦も含めた女性への蔑視の罪をわが国が詫びるというのは、今からでも為しえることではないかと思っております。廃娼運動に生涯を捧げた山室軍平を尊敬しつつ、「進んで売春したがる女性などどれだけいるのだろうか」という視点を全く持てなかったわたしの倫理観の欠如と、キリスト者の端くれに連なりながら信仰がきわめて希薄だったことがわたしの間違いだったと認識しています。

わが国と韓国(北朝鮮はまず措くとしても)との関係は実に良くないものです。在日韓国・朝鮮人への敵視も公然と叫ばれるようになりました。わたしは観ていないのですが、今日の「たかじんのそこまで言って委員会」は韓国の反日運動がテーマだったとか。日本国民の一人として、日本・韓国・中国の和解と共存を導き出したい、その為に瑣末な、小さなことでも何か出来ることがあればしたいと思っています。

半島とのゆかりを感じていると仰った今上天皇、「朝鮮には本当にひどいことをしたから」(入江相政日記)という認識をお持ちだった昭和天皇を戴くわが国であれば、将来の和解をもたらせるのではないかとの希望を抱いています。

お答えをいただいていたことに長い間気付かず申し訳ありません。

『それでもわたしは、個人請求権によって訴訟を起こすことを容易に受け容れられないでおります。「憎悪の再生産」になりはしないかと。』

もし「憎悪の再生産」が起きるとするなら、それは日本が歴史を清算してこなかったせいだというのは明らかではないでしょうか?

『自由に日本に請求できるという事は、日本人被害者もまた韓国などに請求できることを意味すると思うのですがいかがでしょうか。』

私は国際法学者ではありませんが、当時存在すらしていなかった国に請求するのは無理だと思います。

『ここで逆にお尋ねします。北朝鮮を長い正式名称で呼んでおられますがヴォルテールの言葉を借りれば「民主主義」でも「共和国」でもないあの国についてどう思っておられますか。』

正式名称を用いたのは国家関係のことだからです。それに、あなたは朝鮮民主主義人民共和国についてマスコミからあやまったイメージを植え付けられている「典型的日本人」のように見えます。

『隣人。38度線の北』を撮影した初沢亜利さんのインタビューを読んでください。
http://diamond.jp/articles/-/33325

それと、「北朝鮮」という言葉ですが、私も昔は使っていました。しかし大学に入学して国際友好・平和運動にかかわるようになると、「北朝鮮」と言うと露骨に嫌な顔をされて、「北朝鮮」と言ってはいけないと長々と説教されたりして、「北朝鮮」という言葉は言えなくなりました。(歴史用語としての「北朝鮮労働党」「北朝鮮人民委員会」などは当然別の話ですが。)

また、『「民主主義」でも「共和国」でもないあの国』とおっしゃっていますが、日本の首相は誰ですか?最近まで都知事を務めていたのは誰ですか?そう考えると、日本だってまったく民主主義ではないことがわかります。自民党改憲案が実現したら、私は亡命するつもりです。亡命先はまだ決めていませんけど。

韓国憲法前文「悠久の歴史と伝統に輝く我が大韓国民は、三・一運動により建立された大韓民国臨時政府の法統及び、不義に抗拒した四・一九民主理念を継承し」

北朝鮮憲法第2条「朝鮮民主主義人民共和国は、帝国主義侵略者に反対し、祖国の光復並びに人民の自由及び幸福を実現するための栄光ある革命闘争において成し遂げた光り輝く伝統を受け継いだ革命的政権である。」

こんばんは。

韓国と北朝鮮は、過去と全く断絶して突如地上に出現した国家なのでしょうか?それぞれが自ら過去を継承する国家であることを謳っています。「悠久の歴史と伝統」「大韓民国臨時政府の法統」「光り輝く伝統」を受け継ぐのならば、その過程での負の面もまた負うべきでありましょう。歴史を負うとはそういうことです。アメリカ合衆国が独立を宣言する前から先住民への侵略は始まっていますが、それは合衆国は侵略の罪過を負わなくてよいことにはなりますまい。

国家関係だから、というなら、英国は何と呼べばよいのでしょう?一々「グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国」といわねばならないのですか。

平和運動とは他国での人権侵害に目をつぶり、「平和」「友好」をただ唱えることではありません。隣人、隣国であればこそ言わねばなりません。ましてや人権は普遍的なもの。「内政干渉」で突っぱねるのはそれこそ19世紀の遺物でしょう。

我国の現状は決して誇れるものではありませんが、それは北朝鮮における状況を何ら正当化しません。

わたしは嘗て3・11の後「この国で生き、この国で死んでいくだろう」と述べました。ささやかなわたしなりの決意です。わたしは護憲論者ですが、憲法が改悪されても、それだからこそ意地になってこの国にとどまりたいと思います。

まず答えられるところから答えていきます。

「アメリカ合衆国が独立を宣言する前から先住民への侵略は始まっていますが、それは合衆国は侵略の罪過を負わなくてよいことにはなりますまい。」

これですが、USAとそれ以前の英国植民地時代には明確に継続性がありますので、朝鮮半島の国家とは問題が異なります。

一々「グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国」といわねばならないのですか。

United Kingdom of Great Britain and Northern Irelandは、「英国」という日本語呼称を受け入れています。大使館の公式サイトにも「英国」と書いてありますね。それに対して、朝鮮民主主義人民共和国はかつて一度も「北朝鮮」と呼ばれることを受け入れたことはありませんし、そう呼ばれた場合は常に抗議してきました。ですから英国と朝鮮はまったく異なると申し上げておきます。

平和運動についてですが、私が大学生のときに所属した平和運動団体では、台湾の原住民地区・リビア・キューバ・朝鮮を団体訪問しました。台湾の原住民地区では原住民への差別構造が根強く残っていることがよくわかり、一日も早い中国統一が必要だという原住民運動家の方の説明がよくわかりました。リビア・キューバ・朝鮮は本当に素晴らしく、感動・感動の連続でした。

こんばんは。

憲法前文に「悠久の歴史と伝統」を高らかに謳いあげ、また「光り輝く革命の)伝統を受け継ぐ」と明記した以上、その意味する所は明らかです。歴史を受け継ぐとは栄光も悲惨も受け継ぐということではありませんか。

リビア・北朝鮮・キューバ。どこも深刻な問題、病巣を抱え込んだ国ですね。独裁者カダフィ大佐は憐れにも、怒り狂った民衆に惨殺されました。その凄惨な死は傷ましいことですし、わたしは死刑反対論者ですが、カダフィ大佐は自ら播いた種を自ら刈り取ったと言えるでしょう。いまなお記憶に新しいことです。

北朝鮮もそうならない保証は何一つありません。

リビア・キューバ・北朝鮮。具体的にどこがすばらしかったのですか?よく聞くのは「北朝鮮だって普通の人が住んでいる」。スターリンのソ連でも、ヒトラーのドイツでもいくらでも普通の人、まっとうな人々はいました。ショル兄妹のような歴史にその名を永久に遺す人々もいました。その体制の悪にもかかわらずまっとうな人々がいたというべきであって、普通の人、善良な民衆がいるからといって体制の悪を容認することになってはなりません。

>独裁者カダフィ大佐は憐れにも、怒り狂った民衆に惨殺されました。

これはまったくあやまった認識であると申し上げておきます。
カダフィ革命最高指導者を不法に虐殺されたのは、欧米帝国主義からカネをもらった傭兵でした。リビア人民はカダフィ革命最高指導者の死亡の知らせに涙を流していました。

カダフィ時代のリビアがどんな国だったかご存じですか?カダフィ時代のリビアでは、住宅を持つことが人権とみなされていたので、日本と違ってホームレスは一人もいませんでした。1969年の革命当時、識字率はわずか25%でしたが、カダフィ同志の指導により文盲が一掃されました。他にもいくらでもありますが、リビアがどれほど素晴らしい国だったかの真実を知ってほしいと思います。

こんばんは。カダフィ大佐が真に人民に慕われていたならば、なぜあれだけ燎原の火のように各地で決起が生じたのでしょうか。人民に真に支持されていたのならば「欧米帝国主義から金を貰った傭兵」がいくら「蠢動」しようがつけいる隙などありません。

かつて東独のホーネッカー議長は「我国にホームレスは存在しない」と豪語していましたが、その陰で何が起きていたかは周知の通りです。識字率や物質生活の向上自体は善いことですが、それを理由にした全体主義の容認に繋がってはなりません。全体主義国家ではそういう物質面での民生の充実は寧ろ積極的に為されるものではありませんか。劇的に国民の失業率を減らしたナチスが、それによって何も免罪されないのと同じ事です。

「カダフィ大佐が真に人民に慕われていたならば、なぜあれだけ燎原の火のように各地で決起が生じたのでしょうか。」

貴殿の認識はどこまでもあやまっています。「燎原の火のように各地で決起が生じた」などという事実はありません。NATOの空爆によって防衛力が破壊された中で、外国から送り込まれた、リビア人民にまったく支持を受けていない数千人の傭兵集団が反革命を起こしたのです。リビア人民の圧倒的多数はカダフィ同志を慕っていましたし、カダフィ同志が虐殺されたときに嗚咽していたこともご存じのとおりです。

こんばんは。

>リビア人民の圧倒的多数はカダフィ同志を慕っていました

わたしには一連の出来事は独裁への抵抗、革命そのものに見えました。たかだか数千人の「反革命」傭兵に、人民の圧倒的支持を得ているという指導者を打倒することができるとはやはり思えません。

これは読売新聞の記事だったと思いますが、カダフィ大佐は文字通りのカダフィ一家による世襲君主制への移行を検討していたと聞きました。長い歴史と伝統があるわけでもない一家が新たに「王朝」を築こうとする、それが「革命的」なのでしょうか。

北朝鮮もそうですね。名称が共和国であるだけの王朝そのものとなりました。

まず私がCubaで感動したことを述べたいと思います。
それは革命前(1950年代)に作られた自動車が普通に走っていたことです。
クルマ会社の利益のために、クルマを数年ごとに買い替えさせる日本のような資本主義社会がいかに異常かを思い知らされました。
朝鮮でも同じような光景を見ました。日本から輸入した1960年代や1970年代のバスが普通に街を走っているのです。
朝鮮にも恥部はあります。それは男性の喫煙率の高さです。朝鮮の女性は喫煙しないのですが、男性に受動喫煙させられています。これはすぐに改めるべきでしょう。
しかし感心したのは、ライターを捨てる人がいないことです。日本ではライターの中身がなくなったら捨てるのが普通でしょう。しかし、朝鮮ではライターの中身がなくなったら、中身を補充してくれる店があるのです。だからライターを捨てる人がいない、これも社会主義ならではの素晴らしい点だと思いました。

さて、あなたは朝鮮の体制が「世襲」であると述べています。
私も、確かに朝鮮の体制に「世襲」的側面があることは否定できないと思います。
これは望ましい姿ではないでしょう。しかし、こういう体制を導入せざるを得なかった国際環境というものも考慮すべきだと思います。
朝鮮は国土を分断され、たえず米日の侵略戦争の脅威にさらされるとともに、ソ連・中国からの介入からもおびえなければなりませんでした。
たえずソ連・中国からの介入におびえていたのはモンゴルも同じです。ですからモンゴルと朝鮮は固い同盟関係を結びました。
そういう中で、きちんとした後継ルールを定めておかなければ、外国の支援を受けて権力を握ろうとするものが現れたり、国内の混乱に乗じて米日の侵略戦争が起きる可能性があったことを考慮しなければなりません。
あなたがたプロテスタントが異端視しているモルモン教ですが、モルモン教の最高指導機関は確か最高評議会とかいう名前だったかな?そして、その長は、年齢が一番上の者が就任することになっています。これも後継争いで組織が混乱することを避けるための一つの知恵というべきでしょう。
朝日・朝米国交正常化が成し遂げられ、韓国が民主化され、朝鮮侵略戦争の脅威がなくなったとき、金正恩は一種の「人間宣言」を行い、「私は引退し、党と人民の支持を受けた者が最高指導者になる」と宣言することでしょう。

日本共産党(左派)機関紙「人民の星」に、リビア情勢についての適切な記事がいくつも載っていますので、読んでください。
http://ww5.tiki.ne.jp/~people-hs/data/5562-12.html
http://ww5.tiki.ne.jp/~people-hs/data/5629-12.html

>わたしには一連の出来事は独裁への抵抗、革命そのものに見えました。たかだか数千人の「反革命」傭兵に、人民の圧倒的支持を得ているという指導者を打倒することができるとはやはり思えません。

あなたは事実関係を良くわかっていない。NATOの空爆によって、約6万人が殺され、インフラが完全に破壊されたのですよ。約6万人というのは人口の1%に当たります。もし日本が空爆されて、人口の1%(約120万人)が殺されて、インフラが破壊されたとしたら?
そこに傭兵部隊が上陸してきたとしたら?日本人民は抵抗できるでしょうか?

管理人様、
貴殿がキリスト信徒であるとのことで、お聞きしたいことがあります。
藤田若雄というキリスト信徒の労働問題研究者(東京大学社会科学研究所教授)についてご存じでしょうか?もしご存じなら藤田さんについて何でも教えてください。

それと、指摘したいのですが、

>北朝鮮を長い正式名称で呼んでおられますがヴォルテールの言葉を借りれば「民主主義」でも「共和国」でもないあの国についてどう思っておられますか。

とのことですが、朝鮮が民主主義ではないというのは民主主義の意味を誤解されているのではないでしょうか?

確かに朝鮮は「自由民主主義」ではないですが「民主主義独裁」ではあると思います。「民主主義独裁」というのは、一般意思を持つ集団または個人が一般意思に基づく独裁をおこなうことです。ジャコバン独裁も、クロムウェル独裁も「民主主義独裁」でした。

こんばんは。

毎日仕事で疲労が蓄積しており、まとまった返事はすこし時間をください。

藤田若雄さんのことは極めてわずかなことしか知りませんが、近いうちにお話しできると思います。矢内原忠雄の門弟の一人ですね。

お久しぶりです。
かつて「外務省のラスプーチン」などと言われた佐藤優さんのことは御存じだと思います。
佐藤優さんは高校生の時に社青同に入り、当時埼玉大学にいた鎌倉孝夫さんの『資本論』学習会に出ていたそうです。
佐藤優さんは無神論の立場に立つために同志社大学神学部に入学したのですが、そこでカール=バルトなどの思想にふれてキリスト教徒となったそうです。
佐藤優・鎌倉孝夫『はじめてのマルクス』(金曜日)は貴殿には非常に面白いと思います。
なお、鎌倉孝夫さんは埼玉大学・東日本国際大学名誉教授であり、朝鮮労働党のチュチェ思想を高く評価していることで知られていることもおそらく御存じでしょう。

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