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聖書を学び、聖書に学ばねばならぬこと

最近、矢内原忠雄を中心に山室軍平などの著作、つまり「宗教書」には触れていても
聖書そのものをひもとくのが教会の日曜礼拝の時とその行き帰りの時くらいなのに
今あらためて気付き「危いかな!!!」と感じました。

ほかならぬ内村鑑三が、信仰者にとっての危険として
聖書そのものではなくその周縁の宗教書ばかり読むことを挙げていました。
そしてどれだけ尊敬に値する人であろうと、神の御目からは
「塵に還る肉なる存在」に過ぎない人間を偶像視する危険。

内村鑑三や矢内原忠雄自身からそのことを教えられます。
両者とも欠けの数多ある人間でした。そして、誰よりも本人がそのことを
痛いまでに自覚していた人間でした。

誰かは忘れましたが、ある偉人が臨終間際「The Book」を持ってきてくれと家人に頼んだところ
「何の本でしょうか」と訊かれたそうです。するとその偉人曰く、「聖書に決まっている」と。

基督者でない方には分かりづらい話かもしれませんが、信仰者のあり方を示す話だと思います。

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