最近のトラックバック

« 「わたしは正しい人を招きに来たのではない。罪人を招きに来たのである。」 | トップページ | 国立国会図書館関西館へ 平野小剣のことを尋ねて »

伊香俊哉 『満州事変から日中全面戦争へ 戦争の日本史22』(吉川弘文館)を読んで

休日の今日、雨で外出をためらう中読んでいたのが
伊香俊哉 『満州事変から日中全面戦争へ 戦争の日本史22』(吉川弘文館)でした。
図書館から借りてきた書です。

実は先日、ビジネス書で有名なある出版社から
戦時中の新聞をそのまま転載し、戦後アジアの発展は
日本の進出、駐屯、占領政策の賜物だと自画自賛する本が出ているのを店頭で見て、
「戦時下の官製の宣伝をそのまま肯定的に紹介していること」に
絶句してしまったのです。有名出版社からそんな本が出ていることに愕然としました。

学生時代の昔、研究室の助教授が講義のさなか、とある概説書を紹介したのですが
それを卓上に叩き付けて「この本は紙屑です。」と苛酷な言葉を述べたことを思い出したほどです。

「何かしっかりした歴史書を、学問に基づくものを読みたい」という切実な思いがありました。
そこで借りてきたのが上記の書です。

わが軍による戦争犯罪の実態は、既に他の史書でも知っていたことでしたが
あらためて「なんというむごい苦しみを他国にもたらしたことか」と痛切に思い知らされるものでした。

読んでいて思わず呻いてしまったのが当時の著名な国際法学者立作太郎による

「都市はたとえ地上戦闘地域から遠隔地にあっても、航空機及び高射砲を備えていれば
『事実上の防守状態』となり、『軍事上必要あるときは、是の如き都市全体を
単位的なる攻撃の目的物として、之に対して所謂無差別攻撃を行』うことができる。」

という日中戦争での日本軍の爆撃を正当化する主張でした。

我国が受けた東京大空襲や大阪大空襲ほかの無差別大量殺戮。
それを非難する論拠を我国の国際法学者は自ら既に棄て去っていたのです。
文字通り嘆息しました。
関東防空大演習などを行なっていても
「よもやわが内地に、帝都に空襲などあるはずがない」との楽観の為せる業でしょうか。
無差別大量殺戮を敢えて為した米軍を非難する気持ちは
清沢洌が「(他ならぬ被災者が諦めの境地にあるが)国民は怒るべきだ」と東京大空襲で憤ったように
持たねばならないはずです。しかし、それを発する時
「わが軍も無差別空襲を行なっていたのだ」という
痛み、自覚なくしては耳を傾ける人はいないでしょう。

応召後、満州国でおそらく抗日「匪賊討伐」に当たったであろう私の愛する既に亡き祖父。
その「討伐戦」の実態もこの書には記されています。
本当にむごたらしいものです。嫌なこと、辛いこと、むごいこと。
そういうものに目を背けて今年の安倍首相の言葉のような
先人への「感謝」を綴るだけでは亡き人々を悼むことにはならないのだと思います。

« 「わたしは正しい人を招きに来たのではない。罪人を招きに来たのである。」 | トップページ | 国立国会図書館関西館へ 平野小剣のことを尋ねて »

歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 「わたしは正しい人を招きに来たのではない。罪人を招きに来たのである。」 | トップページ | 国立国会図書館関西館へ 平野小剣のことを尋ねて »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ