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宮崎駿監督インタビューに感じた激しい違和感 関東大震災で朝鮮人虐殺を描いたら「歴史認識のアリバイ作り」になる?

7月20日から全国でジブリの宮崎駿監督作品『風立ちぬ』が公開されます。

未見の作品を論じることはできないのですが、宮崎監督の読売新聞上のインタビューに
激しい違和感を感じたので、思ったことを感じたまま記します。
片言隻句を以て語るべきではないとの批判もあるでしょうが
大新聞のインターネット紙上のことなので、語ることにします。

「関東大震災の場面は、地震発生から人々が混乱に陥るまでを
圧倒的なダイナミズムで描写しているが、
他方で朝鮮人虐殺や自警団の動きなどは描かれない。
『作っている側の歴史認識は間違っていないという、アリバイ作りのようなことはしたくなかった』からだ。」
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/cinema/cnews/20130712-OYT8T00780.htm?cx_text=02&from=yoltop

どうしても分からないのです。関東大震災をダイナミズムを以て描こうとしつつ、
「歴史認識は間違っていないというアリバイ作り」になるからと
関東大震災を語る際には避けられない、
忌まわしい、むごたらしい朝鮮人虐殺を敢えて描かないという考えが。

はっきり言って私には「わけのわからない論理」です。
「間違っていない」歴史認識も何も、忌まわしくむごたらしい虐殺があったのに
ダイナミズムを追究と言いつつなぜそれを描こうとしないのか。
良いではないですか。「歴史認識がまるで正義漢めいている、過去への断罪口調だ」と言われようと
偏っていると言われようと、史実は史実です。何を宮崎監督は恐れているのでしょうか。

内村鑑三を深く尊敬する享安山人としては、内村が自警団に加わり
拍子木を打ち鳴らして町内を練り歩いたことを激しい痛みを以て覚えます。
震災発生時、軽井沢にいた内村は東京から避難民が殺到してくる中
弟子に「さあ、東京に行って皆と共に死のう」と決意を述べ
人の流れに逆行して東京に戻ります。そんな内村ですら、
朝鮮に、朝鮮人に深い共感を覚え、門下に朝鮮人がいた内村ですら
群集心理に絡め取られた恐ろしさ、哀しさ。況や私など。

宮崎監督の深い教養に裏打ちされた作品つくりに尊敬の念を抱いていただけに
こういう論理展開を残念に思います。

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