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差別に苦しみ、憤り、行動した義人が軍国主義・天皇絶対化に絡み取られる悲劇

今、読みたい本が朝治武『差別と反逆 平野小剣の生涯』です。

今日、古書店で西光万吉の伝記小説を少しばかり目にしたのですが
作中に平野が登場していて、あらためて西光や平野の生涯と思想と行動を
辿りたいと思ったのですよね。

被差別部落の人々が生きるために立ち上がり、
自分たちの尊厳を回復すべく戦っていたらいつのまにか
当人たちが軍国主義、天皇絶対化に絡め取られていきます。
天皇の下の万民平等によって部落差別も解消されるのだと。
(天皇陛下もまた同じ人間なのだという欠くべからざる認識を前提としてであれば
私にも極めて魅力的に思える思想です)
平野に至っては侵略そのものの満洲事変に大陸浪人として加担していたそうです。

平野は『原理日本社』に身を置いて、天皇機関説を激烈に攻撃したとか。
『原理日本』はわが尊敬する矢内原忠雄をもすさまじいまでの攻撃対象としていました。
その平和主義が日本の害となる、と。

平野はすべてを捧げた大日本帝国の破滅を見ることなく戦時中に世を去りました。
『原理日本』の中心人物・蓑田胸喜は戦後自殺します。
矢内原は義を重んじる人として「神の審判はある」と思いつつも
同時にひそかに蓑田の冥福を祈りました。
「彼は私を真剣に攻撃したから」と。
私は、主は矢内原の祈りと赦しを聴き入れてくださると、
蓑田に、そして平野にその過ちを彼岸で悟らしめた上で
その絶望を癒してくださると信じるものです。

西光の伝記小説で、西光と平野の悲憤がありました。
9歳の子どもが大人の被差別部落出身者を「エタ」と嘲った。
その大人は耐え切れず子どもを殴りました。そして暴行罪で逮捕されました。
こんな時にも、キリストの赦しをわがものとせねば罪になるのか、と。

平野の母は死に際して「呪え」と言い遺したとも。差別する世を、人を呪え、と。
主の十字架上の贖罪を思わざるを得ませんでした。

他者を呪うことが良いことかと問われれば「否」でありましょう。
しかし、人を呪わざるを得ないまでに平野の母を憤らしめた部落差別の罪は
遥かに遥かに深く、人間自身の手では救いようのないものでありましょう。
今一度、主の十字架上の贖罪を思います。

主は平野の母とともに泣き、苦しみ給うたのだと私は信じます。
キリスト者としてそこに希望を託すのみです。

そして差別する側(私もその側です)からの悔い改めが、悲惨な現実を少しでも
変えていく源になるのだと。

付記
私自身については、キリスト者であることで冷笑や揶揄の対象になったことは幾度かありますが
苛酷な迫害のあった戦時下ではない今、それらはただの冷笑、揶揄に留まる程度の
ものでしかありません(矢内原忠雄、浅見仙作、明石順三といった人々の苦しみに比べれば!
一体私の感情なんぞ何だと言うのでしょう)。そして数的に圧倒的少数というに過ぎません。

また、躁鬱病と強迫性障害を患っていることによって中傷めいたものは受けましたが
人の一生をめちゃくちゃにする差別などとは到底言えない程度のものに過ぎません。

社会的地位で言えば紛れもなく「ワーキング・プア」ですが、
あくまで現時点でですが最低限の衣食住は確保できています。

つまり「差別」によって西光や平野のように人生をめちゃくちゃにされるような事は
およそ経験していないのです。自分自身では苦労も少しだけはしたと思っていますが
矢内原の言葉を借りれば「わたしどもの苦労など なんでもない」です。

主がこのような、ぬるま湯の中に生きてきた私をも
隣人の為に、主の御栄光の為に用いてくださるよう祈ります。

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