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「わたしどもの苦労など なんでもない」 再び

以前、矢内原忠雄の言葉、

主イエス・キリストの御苦難に比べれば
「わたしどもの苦労など なんでもない」

という言葉を紹介しましたが
あらためて何度もこの言葉の重みを自分の中で繰り返して考えています。

わたしが現実生活で何か言われるとしてもせいぜい職場の上司、先輩からの叱責程度。
社会人である以上誰でも当たり前に経験していることです。
電子上の文字に過ぎないインターネット上の揶揄、嘲笑などおよそ問題にもならないでしょう。

「一高不敬事件」で罵詈雑言によって心身ともにずたずたに傷付いて病床でうなされている間に
誰かによって勝手に辞表を提出されていた内村鑑三。

「この国を葬ってください」という涙の叫び、軍国日本の不正不義への心からの憤り、
愛国の叫びが「致命傷」になり東京帝大を逐われ、あげく心血をそそいだ
聖書講義誌『嘉信』の発刊を官憲に止められた矢内原忠雄。

ほかにもいくらでも先人の苦しみを挙げることはできます。
貧窮者救済に東奔西走した挙句、「偽善者」等々あらん限りの嘲りを受けた賀川豊彦もそうです。

しかし彼らは苦渋の中でも神により頼み、安らぎと喜びを見出していました。
自分の度し難いまでの軟弱さを思います。
わが主なる神に、先人を偉大だと仰ぎみるだけではなく、
先人に続く者とならしめてくださるよう祈ります。

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