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大掃除

今日、私が礼拝に出席している日本キリスト教会K教会で教会堂全体の大掃除がありました。
私は、教会堂が面している崖の草取りを担当。私はもう大概な歳ですが、
教会の中では「若手」なので、きつい作業は自ずと私たちの担当になります。
最近一挙に暑くなったこともあり汗がにじみでる作業になりました。

作業中、教会堂で教会の皆さんがほうきを使っている光景に
ふと、大仏次郎『ブゥランジェ将軍の悲劇』で将軍が王党派の人士から
王政時代の元帥杖を贈られて「私としてはできればほうきを付けたいのです」
(反対派を一掃したいものです)と意味深い発言をしたことを思い起こしました。
王党派もむろん「将軍閣下には王族を推戴して王政復古を成し遂げて頂きたい」という思いを込めており
将軍は将軍で王党派とは相容れないボナパルト帝政派の皇子と極秘会見したりして
あらゆる方面で人気を得たいと画策していました。

明るい日差しの中でそんな100年以上前の異国での出来事を思い起こす私も変なものですが
人間、権力を持とうとすればよほどの覚悟と信念が無い限り二枚舌を用いるようになるのでしょう。

音韻も平仄も分からない為、漢詩など全く作れない享安山人ですが
最近の世事に「耳を蓋ふ世俗卑陋の事・・・」云々といった言葉が頭に浮かんできました。
私自身が世俗卑陋の事にまみれ切っているのに。

願わくば、吾が心のうちの卑陋の事、醜く穢れたものを大掃除したいものですが
人間、一生が罪との戦いだというのがキリスト教の教えでもあります。
内村鑑三『求安録』には「生くるは戦いなり」の言葉があります。

内村が、自分は罪に泣く小児だ、イエス・キリストに縋るほかない者だと
『求安録』の最後に述べたように、私もそのことを常に自覚する人間でありたいと思っています。

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