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隋の煬帝の陵、中国江蘇省で発見される

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130415/k10013939021000.html
携帯電話でインターネットニュースを見ていて知りました。
思わず嘆息しましたね。

あまりにも有名な、かの隋の煬帝です。
その溢れるばかりの才知、そしてそれに驕りを極めた結果亡国を招いたこと、
子孫たちの悲惨も悲惨な末路。宮崎市定『隋の煬帝』などを何度も読み返しては
凄惨な歴史に思いを馳せました。

煬帝の最期はひろく知られていますが、子孫も悲惨な道を歩みました。
煬帝の孫、李氏に推戴された恭帝は禅譲の後、15歳で崩じました。
宮崎市定は「唐に殺さる」と明記しています。
その唐は、『隋書』を編纂するにあたり、ぬけぬけと「美容儀」などと
自分たちが殺した天子を褒め称え、その死を「崩」と記しています。
美辞麗句で飾り立てられた中華王朝の禅譲の実態を目の当たりにして
なんとも寒々とした思いを抱いたものです。

洛陽にいた別の皇孫も、権臣王世充に推戴された後、同じく禅譲を強いられて
最期は自殺を強要されました。「皇泰主」と呼ばれるこの少年天子は
死の間際に「生まれ変わっても二度と帝王尊貴の家には生れたくない」と悲痛な言葉を発し
毒酒を仰ぎますが絶命に至らず、遂には首を吊ってその短い生涯を終えました。

隋も前王朝の北周の幼帝と皇族を殺し尽くしています。革命のたびに繰り返される惨劇。
その北周も西魏の皇帝を殺害しており、また征服、併呑した北斉の皇族たちを殆ど根絶やしにしています。
北斉もまた東魏の天子、皇族たちを悉く虐殺しました。
一体なぜこれほどまでに多くの人命を抹殺せねばならないのか。
北斉の文宣帝は東魏の皇族たちの虐殺を「旧きを除き新しきを布く」と言って正当化しました。
たまたま皇室に生れただけで、殺害の対象とされる。
ロマノフ朝の惨劇も、旧イラク王室の虐殺もそうでした。

こんな事は、もう歴史書の中だけに閉じ込めておきたいものです。

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