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マタイ福音書と出エジプト記を読んでおります

会社への行き帰りのバス、電車の中で最近マタイ福音書を読み続けています。
加藤常昭牧師による講解を通じてです。

聖職者の書いた福音に則っての著書も大事ですが、まず何より聖書そのものですね。
自分が主なる神によって、御子なる神の十字架上の購いによって生かされているのだと
罪人のかしらなることを何度も感じさせられます。
そしてすぐそのことを忘れ、或いは意識することから逃げる私です。

最近、『出エジプト記』を読んでいて感じることがありました。
以前北海道で勤めていた時に読んだある業界誌で、アイヌの人を雇用した土木業者の
座談があったのですが、明治の昔を振り返って「アイヌは働かない」と言っていたのですよね。
それも道内での森林伐採の時のことです。

紛れも無い北海道民であったからこそ言わねばならないことですが
私たち「和人」が「アイヌモシリ」を侵略してそこを「新天地」としたのは
厳然たる事実です。アメリカ合衆国と同じくもはや原状回復不可能なまでに。
わが尊敬する内村鑑三や新渡戸稲造を生んだ札幌農学校は
その中枢でありました。
そんな私たちに「白人はアメリカ先住民の土地を奪った侵略者だ」云々という資格は無いでしょう。

だからこそせめて、先住民のアイヌ民族の権利を最大限尊重し、その伝統に敬意を払う、
それしかないと思っておりますが、『出エジプト記』ではファラオが
「お前たちは怠け者なのだ」と自分は玉座の上で指一本動かすことなく
強制労働に呻吟するイスラエル人を罵っています。自分たちこそが相手を虐げているのだという自覚なく
抑圧者の為になど意欲的に働きようのない人たちを「怠け者」と罵り蔑む。


このファラオこそ私、私たちにほかならないのだ、と自覚させられました。

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