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NHK歴史ドラマ『アテルイ』に思う

先週と今日、NHKの歴史ドラマ『アテルイ』を観ました。

歴史教科書では、正史では、反乱を起こして坂上田村麻呂によって討伐されたが
助命の上奏が為された、しかし処刑されたとだけ記される、
アテルイとモレを主人公として高橋克彦さんが描かれた創作が基の歴史ドラマです。

良かったと率直に思いました。確かに「大和」が一貫して侵略者として描かれます。
一部にはそれで色々批判もあるようです。しかし

事実だったのですから仕方ありません。

東北の地の蝦夷を蛮族として追討の対象とし、
田畑に山に村々を焼き払わせ、「生きている者は最早なく鬼火が燃えているだけです」
という鬼気迫る、およそ天子の示すべき仁慈とは程遠い上奏文を奉らせ、
それを譴責するどころか、「蝦夷はまた反乱を起こしたではないか」と叱責した桓武天皇です。
正史に描かれている通りなのですから、これも已むを得ないことです。

聖武天皇皇女の井上皇后とその皇子・嫡弟となる他戸皇太子を
おそらく冤罪で廃后・廃太子として、最後は母子ともども悲憤の自害(同日に薨去)に追い込んだこと、
これもまた正史に記されていることです。
そのような残酷な道を踏んで高御座に登られた御方が平安京の創設者です。

むろんドラマは創作ですが、
小中華の皇帝たらんとして蝦夷にも大和の民にも苦しみを与えた桓武天皇と
ただ自分たちの人生、故郷を守ろうとしたアテルイと、
果たしてどちらが高貴なる精神を抱いていたか、答えは明らかでしょう。
一天万乗の天子も「賊酋」も同じく人なのです。
他ならぬ桓武天皇が信奉されていた仏教の教えでもあります。
十善の君もまた凡夫なのです。

桓武天皇の子孫である仁明天皇や清和天皇は
当時の震災で「公民も蝦夷も等しく救うように」との詔を発せられています。
「蝦夷の村々は焼き尽くしました。今は鬼火が燃えているだけです」との上奏文が書かれた頃からは
仁愛の心が少しでも増していたのだと後世の者としては望みます。

付記
私が正月に訪ねた百済の王仁博士の墓とされる場所が
元々の名前は「オニ塚」。或いはアテルイとモレの墓ではないか、とも言われています。

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