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柏木義円を想う

先日、『日本平和論大系』の「内村鑑三・柏木義円・河井道」篇を
図書館から借りてきました。

本当は古本屋で購入したいのですが、今の所インターネット古書店でも
この篇は在庫が無いようです。

内村についてはあらためて言うまでもありませんが、
柏木義円は、内村以上に先鋭に国家神道を批判し、
教育勅語の偶像崇拝化に厳しい警鐘を鳴らしています。
関東大震災の時には、朝鮮人虐殺事件を知って真っ向からその非道を世上に訴えた人物です。
舌鋒火を吐くとはまさに柏木の為にある言葉かもしれません。
プロテスタントの牧師でした。

先年、工藤美代子というノンフィクション作家が、内村鑑三の文章まで引用して
「関東大震災の後朝鮮人はテロ行為を各地で行った。
自警団の行動は自衛のためであった。」云々という恥ずべき著作を堂々と出しておりました。
当時の新聞記事をそのままに、その内容をつぎはぎした代物です。
こういう悪書が、個々人の尊厳・人権と不可分である「言論・表現の自由」の名の下
堂々と流通するのですから情けない限りです。
しかもインターネットでそれが引用され、「大震災に乗じた朝鮮人のテロ行為」
の「立証」に使われるありさまです。

朝鮮に深い同情を寄せ、門下に朝鮮人もいた内村鑑三は
なぜか朝鮮人虐殺事件には沈黙を通しました。
内村は町内の自警団に参加して夜、拍子木を打ち鳴らしながら
町内を練り歩いてもいます。本人が日記に書いていたはずです。
私が見るにそこには自嘲も感じられたのですが。

無論、朝鮮人への敵意が内村にあったとは
到底思えませんし、それは内村の生涯が間違いなく証明しています。
しかし、どのような心境で夜回りをしていたのかとは思います。
群集心理に巻き込まれ、猜疑心に囚われてはいなかったでしょうか。
尊敬すべき内村鑑三ですらそうなってしまった恐ろしさがあります。
日露戦争の時には日本連合艦隊の勝利に非戦主義を一瞬忘れ
「帝国万歳」を叫んで、その後激しい自己嫌悪に陥ったという内村ですから
大震災の時もそのような弱さの中にあったのかもしれません。
聖書講義の最中に「私は罪人のかしらであります」と壇上で涙を流したという内村自身が
自らの弱さ、罪深さを、主なる神を除けば誰よりも知っていたことでしょう。

沈黙を通したのは、日本キリスト教会の大先人・植村正久も同じでした。
大逆事件の時には冤罪で死刑台に追い遣られた
大石誠之助を弔う勇気を持っていたのですが。

最後の河井道はプロテスタントの女性伝道者です。
戦後、GHQに対して昭和の陛下は決して戦争を謳歌するような人間ではなかったと
訴え続けた人物でもあります。

柏木義円についてもっともっと学びたいのですが
その全集は古書店でなんと2冊30,000円の値がついていて
私にはとても手が出ません。図書館で探すほかないようです。

弱さを抱えつつそのような自己と闘い続けた先人たちに
続けるように祈ります。

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