最近のトラックバック

« 平和の尊さを言い続けることに決めました | トップページ | 北朝鮮の核実験 »

ローマ教皇ベネディクト16世、生前退位を表明せらる

ローマ教皇ベネディクト16世が、生前退位を表明されたとのことです。
今月末で教皇の座を降りられるとか。
健康問題が原因のようです。

かつてこの教皇は、東日本大震災の起こった原因について
なぜ神がこのような惨害を黙ってゆるされるのかとある少女に問われ
「私にもわかりません」と率直な答えを返されました。
勇気ある、真摯な答えだったと思います。

少年時代、ヒトラー・ユーゲント団員として祖国の敗亡を目の当たりにした教皇です。

プロテスタントの私ですが、
主が誠意ある奉仕をされた教皇を祝福されますよう祈ります。

« 平和の尊さを言い続けることに決めました | トップページ | 北朝鮮の核実験 »

歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

ところでお聞きしたいのですが、プロテスタント教徒の中には「カトリックは異端だ」と主張する人がいることです。

理由は、

三位一体の神を信じないでも救われるとしている
マリア崇拝や聖人崇拝をしている
教皇の言葉を聖書と同等としている
煉獄など、聖書にない教えを強調している
本来、ローマ帝国の冬至祭が起源のクリスマスを祝っている

とのことですが、あなたの属する教会ではどのように考えておられますか?

こんばんは。明日は早朝からの勤務になるので、今日はこちらのコメントにお返事を。

ローマ教皇ベネディクト16世がその位を退かれて教皇の座は空位となりました。

実は今日、教皇の一般信徒への演説をカトリック教会の公式HPで読みました。http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message793.htm

「わたしはこういうことができます。主はわたしを導いてくださいました。主はわたしのそばにいてくださいました。わたしは日々、主がともにいてくださるのを感じることができました。」

思わず落涙したのです。胸を衝かれたのですよね。信仰する人の言葉だ、本当に苦しんできた人の言葉だ、と。

カトリックの聖母、聖人、聖遺物崇敬が度を越していることが多々見られるのはプロテスタントとして疑問に思います。私の属する日本キリスト教会ではそういうことはありませんし、礼拝堂も極度に簡素化されています。教皇がその座からと明言して発した回勅は無誤謬のものである、というのも受け容れられません。但し、実際にそれを使用した教皇はいないとのことですが。私の教会でもクリスマスは祝いますし、ツリーを飾ります。何百年も受け継がれた信仰に伴う習慣として。

大事なのは三位一体なる神を信じることです。

「神はすべての人が救われて真理を知るようになることを望んでおられます」に希望を託す私にとって、「異教徒」の救い、最終的に万人、否万物が創造主たる神の救いの対象となること、は福音派に見られる「キリスト教徒以外は地獄に堕ちる」より遥かに自分の、そして私たちの教会に近いと信じます。内村鑑三も大胆に万人の救いを説きました。

率直に申しますが、ミザローシュ(メーサロシュ)さん、あなたも主による十字架の救いの対象だと私は信じております。

「名誉教皇」となられたベネディクト16世に神の御恵みの豊かにあらんことを祈るものです。

なるほど、貴殿は万人救済説ですか。
ところで、万人救済説といえば思い出す誤訳があります。
『マルクス経済学の歴史』(上下)ナカニシヤ出版
この本の中で、「万人救済説的な傾向」という節が脈絡もなく出てきたので、「何のこった?」と思い、原書を調べてみると、"restorationist tendency"でした。文脈から考えて、どう見ても「(ソ連における)資本主義復活の傾向」のことなのですが、訳者は辞書に、大文字のRestorationistに「万人救済論者」とあるので、それをとったのだろうと思います。しかし、文脈から考えてどう考えてもそんな意味のはずはないのですが。
これを機に、翻訳を安易に信用してはならないことを悟ったのでした。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ローマ教皇ベネディクト16世、生前退位を表明せらる:

« 平和の尊さを言い続けることに決めました | トップページ | 北朝鮮の核実験 »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ