最近のトラックバック

« 心憂きことの多い中 | トップページ | 精神病を告白する危険性を踏まえつつ »

他人に死を強要することだけはすまいと決心

下記の「戦争のこと」で自分なりに真剣にレッドバロンさんと論じ合ってきたつもりですが
加藤弘之や井上哲次郎と論じたかのような気分でした。

 「恥を知るべきです」「クリスチャンの言う事かあ!」、挙句は私が患っている強迫性障害を
あげつらって歴史に関する所論を罵倒され、「これからは健康体の人と語ることにします」で
締めくくられたため、甚だしい徒労感を味わっています。
石原莞爾のような将星の所業はあくまで庇う一方、民衆の苦しみを訴えれば
それは「ルサンチマン」であり、スターリンやヒトラーと同等だとのレッテルを貼られるのですから。
罪責のある高位の者はあくまで庇護され、民衆は「それはルサンチマンだ」と沈黙を強いられる国家は
極めて奇怪なものでありましょう。

電子上の議論でかかる激語を発する方が
砲弾爆弾が炸裂し、銃弾が飛び交い灼熱の地獄となる死地で
平静を保てるとは到底思えないのですが。

高位の人間には、他者の生殺与奪の権をほしいままにできる立場の者には
それに伴う重い重い責任があると考えておりましたが
「ヘラスの伝統」ではそうではないようです。

もう語るのも徒労ですが、もし私自身に向けてでなく、ここで他の投稿者の所論を
精神疾患の所為としていれば即刻削除しておりました。
それは今後も変わりありません。

ここはインターネット。全世界に向けて公開されている論議を
そのままとしておくのもまた意味のあることでしょう。

加藤弘之は『勅語衍義』で「戦死ほど愉快なるものはなし」と
すさまじい言葉を述べていたと記憶していますが、彼自身は戦場に立つことはありませんでした。
『必勝国民読本』で若者に「護国の神」となれ、と説いた徳富蘇峰然りでした。

せめて他者に死を強要する人間にはなるまい、と思います。
他者を戦場に追い遣ろうとする人間にはなるまい、と。

その一方で罪責ある人間に「せめて自決はできなかったのか」という
どうしようもない感情を抱いたことはしかと己の記憶としつつ。

「神に罪赦されたとの経験あってこそ、また人の罪を赦し、
彼と和らぐこともできる。罪あるにかかわらず、自分が神から信ぜられ、
愛せられておる、この恩恵を味わっておればこそ、罪あるにかかわらず、
他人を信じ、愛し、これと和することもできる。他人の罪を赦すということは、
その罪に対し無頓着であることと違う。他の罪に冷淡であるのは、
一種の利己心の致す業である。他の罪を赦すとは、その罪を気にし、
憂え、憎みつつも、その人を信じ、愛することである。
我らは決して他と妥協はしたくない。しかし真に彼と相和せんことを欲する。」
                              (高倉徳太郎)

« 心憂きことの多い中 | トップページ | 精神病を告白する危険性を踏まえつつ »

歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

臆病で、卑怯で、病的な人間とはこういうものか?
自分は人を戦場に送ることを強制するような真似はすまい、と誓いを立てながら、自分の脳内では投稿者を戦場に送り込んで、あんな奴が砲弾飛び交う場面で平静でいられるはずがないと喜んでいる、ハッハ、笑えますね。

あなたには自分(の意見)を客観視する能力が徹底的に欠けている。まず、戦場で人を殺す心配をするよりも、(それだけの能力があればたいしたものですが)行軍の途上で自分が死んでしまわないように、それ以前に、社会で仲間に迷惑をかけないのが精一杯のところではないですか。

別にコメントは全て削除されて結構ですよ。ただ私であれ、石原参謀であれ、個人名を挙げて非難するなら、自分が矢玉を受けるのは覚悟の上のことでしょう。

自分が精神病だ、ワーキングプアだと宣言すれば、それは普通の人は同情し、頑張って欲しいと思いますよ。私も何割かはその気持ちがあって、投稿してきました。身辺雑記ならともかくも、いかにもその傾向がありそうなキリスト教の話や、敗れた昭和の軍人の、それも特定少数への執拗な責任追求を見れば、これは原因が結果になり、結果が原因になっていると疑われるのは当たり前ではありませんか。

ならば、自分の宗教の純粋性や歴史観に疑念を持たれるような事は最初から書かないことです。他人の同情心など集めないことです。

後は自分の脳内で、ブルーバロンでもブラックバロンでも好きに作り上げて、自分でコメントしてたらどうですか。

自分の妄想で私のHNを使われるのは迷惑です。あなたの思っているような相手は、この世界には存在しないのですから。

喜んでいるとは。御自分がいかなる境遇に、死地におかれても泰然自若と出来る、そして他者もそうあるべきだ、と語る方が電子上の議論で平静を失うさまを気の毒に、そして哀しく思っているのですが。他者に死の義務を説く人間がその覚悟を問われるのは当然も当然でしょう。

自らの精神疾患を告白した以上、どう見られるかは現実社会の経験で百も承知しております。同情というより、自らと同じ病を持つ人への励ましと、この病への理解を100人中1人でも持ってもらえれば、という願いなのですが。

隣国と最悪の事態に至りかねない時に、隣国との和解を初めから拒絶し、他者に死地に赴くことを、国民たる者は自分か息子を戦地に送らねばならないと説くことがどれだけ重いことか、どうしてもお分かりにならないようです。頭山満は近衛首相に蒋介石と直談判しろ、飛行機を用意しろと説いたそうですね。安倍首相が日中首脳会談に意欲を持っているらしいのがせめてもの救いです。

>個人名を挙げて
歴史上の、重大な役割を果たした人間をもこう庇うのはなぜでしょう。60年以上前に世を去った歴史上の人物すら個人名で問うてはならないとは。歴史研究は過去の賛美一色になりますね。一体どんな国家になりますか。どんな社会になりますか。どんな歴史教育になりますか。

「名誉」のためですか。高位の人間は、他者の生殺与奪をほしいままにした人間は相応の責任を負う。ましてやその「名誉」が実態を伴わないものなら、そんな「名誉」は初めから無いのです。

石原莞爾の罪責だけを追及するのが不当だというなら、その後の歴代関東軍幹部、或いは満州国高官たち、東條英機参謀長や、末期の山田乙三総司令官や瀬島龍三参謀、昭和20年8月13日という日に飛行機で居留民を置き去りにして日本へ逃亡した武藤富男といった人々に至る責任が問われるまでのことではありませんか。人名の羅列になりますが。それだけ満州国の瓦解というのは悲惨なものです。関東軍の崩壊は、「国境防備の大切さ」は大事ですが、分不相応に戦線を、自国の領域を拡大しすぎることの恐ろしさへの警告です。

ソ連軍が悪なのは言うまでもありません。中立条約を破って侵攻し、必死で逃げる避難民の中に戦車群を突入させ、老若男女問わず乱射したような輩が悪なのは当然のこと。しかし、「守れなかった軍」に責任はないのですか。過去に学ぶというのなら。

私は実態の何ら伴わない「名誉」や、それこそ自らを安全地帯に置いての戦死の謳歌にもうついていけないのですよ。そしてそのような所論は否定されねばならないと思っております。少なくともここではそうします。

削除はいたしません。ここはインターネットです。日本語限定ですが、世界中に公開されている場所です。公開の議論を後で削除してはならないでしょう。その意味で、嘗ての「在日朝鮮人ボクサー」の論を削除したことも今になって悔いを抱いております。

あらためて、さようなら。

たとえネイ元帥のように自らに死の覚悟があっても、或いは子息を死地に置いていても、他者に死を強要してはならない、というのが切実な思いです。

死を課すのは己だけにすべきではありませんか。

役にも立たない人間を戦場に送ってどうするのですか?妄想はいい加減にしたら。世界大戦と国境紛争の区別もつかないとは。第二次大戦以後、中国と隣接していて、揉め合わなかった国の方が珍しい。あの国にとっては常態と言うべきでありましょう。

現実の問題は尖閣の防衛なのに、ただひたすら太平洋戦争の悲惨な戦歴をあげつらって騒ぎまくっている。フォークランド紛争を思い出した方がよほど役に立つわ。

それは中国や韓国、イスラム原理主義のテロと対峙するのは多少の勇気はいるでしょうよ。真珠湾に殴り込みをかける根性の百分の一もいりませんがね。

それは、中国・韓国と一緒になって、既に死んでしまった日本の指導層に追い討ちをかける方が楽でしょうよ。何の勇気もいりませんですよ。せっかくなら彼らが権力のある時にするべきでしたが、いかにも卑怯者、臆病者に相応しい行為ではあります。もう少し事態が先に進むと利敵行為ということになるかも。くれぐれも間違わないように。

あなたには何の関係もないじゃないですか。国家に対する最終的ロイヤリティはなくて、生命第一、政教一致の?日本キリスト教でしょう。そんな変なの、他の国にはいなさそうですが。

日本のことを心配して下さらなくて結構。日本がなくなったって、その根性があれば、十分にやっていけますよ。生命の持続が一番!中味は問うところでなければ、世界中どこへ行ったって、立派な奴隷根性の持ち主として立派にやって行けますよ。

生命が大切など、言うのも恥ずかしい位に当たり前のことで、しかし、けっして人には屈従しない、そのような人間を市民と呼び、かかる市民が構成する社会を主権国家と呼ぶのですがね。

見たことないから 判らないか。自分たちが選んだ政権がコケても増税は引き受けず(食料品への軽減税率だとか、何たらかんたら)防衛義務も果たさない人間が権利だけ主張する…そんな社会が持久できる筈がないでしょう。あ、判った!国民の防衛義務を、戦場に送るの何のと騒いでるんですな。だから、そういうのは病気ですってば。期待してませんて。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 他人に死を強要することだけはすまいと決心:

« 心憂きことの多い中 | トップページ | 精神病を告白する危険性を踏まえつつ »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ