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心憂きことの多い中

心憂きことの多い中ですが、なんとか職場の上司や高齢の人に支えられて
今日一日の仕事を終えることが出来ました。
ありがたいことです。

こういう時に先人の書物は本当に支えになりますね。
『修養』を書いた新渡戸稲造は、軍部には欧米崇拝の軟弱者よと蔑まれ、
左翼からは軍部に迎合したと言われたりしますが
間違いなく日本と平和のために一生を捧げた人物でした。
一高校長時代、徳富蘆花が『謀叛論』を講演することを許したのは
新渡戸の大なる功績であると言ってよいでしょう。

人生の最後は祖国の暴走に翻弄され、心身ともに疲れ果てて世を去りました。

貴族院議員として
「我国が他国より優れているのは皇室だけです。
ほかは何一つ優れている点などありません」と壇上で言い切り
夜郎自大の風潮に警鐘を鳴らしました。

欠点もありました。
一高不敬事件で心身ともにぼろぼろになった旧友・内村鑑三が
心の故郷の札幌にやってきた時には「馬鹿なことをしたものだ」と突き放し
内村は更なる打撃を蒙りました。
伊藤博文に向けて、朝鮮人への蔑みの言葉を発し、
却って懇々とその過ちを諭されたこともありました。

新渡戸自身の回想ですが、伊藤博文は言ったそうです。
「君、朝鮮人は偉いよ」と。政治さえ良くなれば
いくらでも発展向上できる民族なのだと。
その伊藤本人が最後は韓国併合に同意したのは
隣国にも我国にとっても不幸なことでした。

新渡戸と内村は後日和解しますが、内村が死の床で
「赦す、すべて赦す。だから皆も私を赦してくれ」と言ったのは
そういうことも或いは含まれていたのだろうか、と思ったりします。


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