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残念な決定です 韓国は引渡し条約を履行すべきです どんな思いを抱いていようとも

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20130103-OYT1T00443.htm?from=main5

靖国神社に放火して韓国に逃亡していた自称中国人男性を、
日本国に引き渡さずに、「政治犯」として扱う、とのことです。

私は、率直に言えば、
靖国神社が遊就館で示している「大東亜戦争肯定論」には同意できません。
カトリックの曽野綾子さんは靖国神社へ参拝されているそうですが
私は「人を神とする」という点で靖国神社だけでなく
明治神宮であっても乃木神社であっても神社参拝は行いません。
亡き方への尊敬の念とその方を神とするというのは別個のものだと考えています。

「カミとゴッドは違う」「キリスト者でも参拝している人は内外数多い」という主張を知った上で、です。
参拝を望む方はご自分の意志で参拝されればよいと思います。
おそらくこの点で批判は多くあろうかと思いますが
私の姿勢は変わりません。

しかし、それはそれ、これはこれ、です。

日本国内で認可されている神社の門に放火したのです。
明らかに我国の刑法に触れているのです。

私は「政治犯」とは官憲の一方的な暴力に屈することなく、平和的手段で己の
主義主張を訴える人間を指すのだと思っていましたが
残念ながら放火犯も解釈次第で「政治犯」となるようです。

韓国軍将兵の国立墓地にヴェトナム人が「ヴェトナムでの蛮行への抗議だ」と
破壊活動を行い、韓国が引渡し条約を結んでいる国家へ逃亡し、
当該国が「政治犯」だ、と引渡しを拒んだら、と想像して欲しい。

どれだけ不愉快なものであろうとも、そのイデオロギーによってではなく
当該国間で締結された公法によって物事を解決していく
それが現代国家の責務ではないでしょうか。

人間の内面は国家であろうと天子さまであろうと、手の及ばぬ範囲でありましょう。
だからこそ、その人間が抱くイデオロギーではなく、その人間が実際に何をしたか、
によって裁かれねばなりません。

「動機が軍国主義反対だから」というのは、いくらでも逆の援用の効く論法なのです。

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歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

靖国神社の祭神について、靖国神社のありようについて批判があるならば、いくらでも言論で行えばよいのです。現に私は、刑死したことを深く悼み、故人の魂の安息を祈ると共に、その故人の罪責に言及します。あの悲惨な破滅を内外にもたらした罪責は、具体的に何が過っていたのかを、これから史書で追及されることでしょう。「軍国主義批判なら放火しても良い、政治犯だ」という論理は、外面的な行為によって人は犯罪者として裁かれるべきだ、という現代国家の理念と相反します。

靖国神社には明治以来、膨大な人々が祀られています。戦争に直接罪過のある人々も、赤紙一枚で召集されて死地に赴いた人々もともに祀られています。私は過去、そして現在靖国神社がそのありようによって伝えてきた歴史観、価値観にはどうしても批判的ですが、靖国神社を心の拠り所としている人々、九段で家族に会いたいと願う遺族も間違いなくいるのです。その心情を否定することはできません。それを忘れてただ靖国神社を否定しても、生むものはないでしょう。

私の母のフィアンセは 昭和20年、知覧の飛行場から出撃し沖縄の海に散華しました。それでしょうがなくて?戦後、父と結婚して私が生まれたもののようで。母は上京する折があると密に靖国神社に詣でていたようです…という話も父が亡くなってから、母に初めて聞きました。

私の父はごく小市民的というか、生真面目さと小心さが服を着て歩いているような典型的な日本人でしたが、昭和17年には勤務先の役所を辞して応召。休職扱いではないです。もとより生還を期せずは、当時の日本人の心意気ですが、歌舞音曲好きで 「オーケストラの少女」のアメリカ女優、ディアナ・ダービンのブロマイドを部屋に飾っていたような父には、対米開戦が意味することはよく判っていました。

終戦後の職場復帰も、今でいえば年金の通算も、何も望まず、生活能力のない母親と病弱な妹を残して出征しました。その一瞬において、我が父ながら、人はかくも高貴になれるのかと思う程です。

私の知り合いの老婦人も年長の兄上が特攻隊を守る直衛機のエースとして「美しい祖国と家族を守る」と言い残し、南方洋上に出撃、その兄の言葉を生涯忘れないと言っておりました。

ですから、靖国神社には母の元フィアンセはじめ、父の戦友、…その多くは学校の同級生だったり、先輩・後輩でもあったりするのですが、…が、祭られています。父の先輩では、偉い方では空母「加賀」の飛行長なんて人もおりました。

中・韓・朝・毎が小泉総理の参拝を批判した頃から、私も参拝するよう心がけるようになりました。批判的なものの面子を見れば、逆の行動が正しいことがすぐに判りますよ。私は九段に勤務していたことがあるので、隣接するミッションスクールの迎えのお母様達と共に、靖国神社は格好の休憩所でした。日常的な場所の延長線上で、改めて参拝するような気持ちはなかったのです。

赤紙一枚で召集されて云々の侮蔑的な表現はお止めになった方が良いのではないですか。まったく意識されてないでしょうけれど、人をすぐに被害者(或いは逆に加害者)扱いするのは、キリスト教・或いはマルクス主義の特徴です。ヘブライズムの俗化したものが左翼思想なのがよく判ります。

それゆえ、ヘラスの子として生き、死ぬ者の気持ちは 永遠にお分かりにならないでしょうね。

彼は己が胸を叩き、己の弱き心を叱りて言いぬ。心よ耐え忍べ、汝はより忌まわしきことにも嘗て耐えしことあり。

プルタークではないが、ローマの軍人は皆このようにして、砂や泥の中で息絶えていったように見える。

レッドバロンさん、今年もどうか宜しくお願い致します。

以前述べたように私の祖父は父方母方ともに生還できましたが、ひとしく弟を輸送船で移動中に撃沈されて亡くしています。親族中、キリスト者といえるのは私ひとりです。

戦後30年近くたって生まれた私は、「国家は国民ひとりひとりの人生を守るためにある」と考えます。また、古く孟子の言葉を引くまでもなく、それが普遍的な価値観であることも今なお疑っておりません。赤紙一枚で、というのは、応召した人々の覚悟、決意を考えれば確かに侮蔑的に受け取られるものかもしれません。おっしゃることを受け止めねば、という思いとともに、強いられて戦場に赴いた者も数多いる、「諦められぬと諦め」て覚悟を決めるに至った人もいる事実を思う時、当の戦時下既に「赤紙一枚で」という言葉が多用されていた事実も忘れてはならないと思うのです。

大戦末期の特攻や各地での玉砕が、最後は死それ自体を目的とするものになっていた事はご承知の通りです。尊い覚悟と同時にやりきれない複雑な思いを抱きつつ特攻していった方々がいます。(おそらくご存知だとは思いますが)紹介するだけでもやりきれなくなる川柳を遺して死に赴いた方もいます。

キリスト教は言うまでも無く「人、その友のために死す。これより大なる愛はなし」を説くものです。しかしその死は死それ自体が目的ではなく、「友のため」です。

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