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歴史小説を書きたいという望みがあります

今日は朝6時半から夜7時まで仕事だったので、さすがに疲れました。
そんな私にとってはキリスト教の信仰が生きる糧そのものです。
仮に私が唯物論者であったならば、収入の乏しい一労働者として
ただただ己の人生への苛立ちをつのらせる人間になっていたかもしれません。
ナポレオンは宗教を、貧乏人に己の境遇を受け容れさせ諦めさせ
権力への反抗心を失わせる為の道具だと軽蔑していて、それ故にこそ
宗教は利用価値があると考えていたそうですが
ある面でその言葉は当たっていて、ある面でそれは間違っています。

己の境遇をただ怨念の材料にしない、という点では当たっていますが
不義不正への怒りは失われることはありません。
その表現方法が唯物論者と異なるだけです。

実は、私は学生時代からいつの日かキリスト教の信仰を伝える歴史小説を書いてみたい、
という願いがありました。題材はいくつかあるのですが
今想っているのは1811年から1815年までの欧州を舞台にしたもの。
つまり、ナポレオンが覇権を振るっていた時代です。
主人公は北ドイツのとある架空の小国の少年王。
彼が大戦乱の中、さまざまな試練や葛藤、艱難辛苦を経て
敬虔な仁慈溢れる君主として成長していく物語を綴っていければ、という願いです。

中学生の時、トルストイ『戦争と平和』に触れてその壮大な世界に
強い憧れを抱いてから、この時代には関心を寄せてきました。

但し、壁はいくつもあります。
まず、この時代についての肝心の知識が通史レベルでしかないこと。
専門書をろくに読んだことがありません。
そして語学力皆無であること。仏語、露語は全くの無知、独語は大学で落第点を貰いました。
訪欧経験、否、海外渡航経験すらないこと。
本の濫読はしてきましたが、文学にじっくり腰を据えて取り組んだ経験も無し。

また、表現媒体は今の所、所謂「同人誌」「ネット小説」にしかなり得ないと思います。
誰にでも文章を綴れる反面、文学者が通らねばならない編集者や先輩作家の厳しい目がありません。
それは気楽なことかもしれませんが、あっという間に独善、自己満足に陥る危険があります。

そして自分が長年心の中で温め続けていた世界が、容赦なく読者の批評にさらされることへの恐怖。
故・藤子不二雄・Fさんは、「公開されたものは誰でも自由に批評する権利を持つ。
それが嫌なら誰にも見せないことだ。」と創作者としての覚悟を語りました。
果たしてそれを実践するだけの強靭な精神が自分にあるのか、と。

最後に、実際に書き続けることが可能なのか、という思いです。

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歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

歴史小説を書きたいという享安山人さんの夢、すばらしいと思いますが、北ドイツのとある架空の国が舞台ということになると「大人の為の童話」という形式になるのかな、と愚考するのですが、いかがでしょう?

歴史小説ということになると、時代的にはナポレオンの主導したライン同盟が存在していた時代ですね。「王」という言葉一つとってみても、プロイセンを除いて、ザクセン・バイエルン・ウェストファーレン・ヴュッルテンブルクなど王国は4つしか存在せず、おのずと具体的なイメージが存在します。以下、5大公国、13公国、17侯国などがありました。

この辺のどっかに紛れ込ませる?にしても、やはりモデルとなる君主や地域が実在しないと、歴史小説としての具体性に欠けるのではと愚考する次第です。私もドイツ史は詳しくないのですが、当時の君主が主人公とすれば、ナポレオンや戦争への対応と個人的な信仰の問題のみならず、教会との関係も生じましょうし。ドイツにそもそも幼少の君主、裏返せば幼君が成人するまでの摂政のような制度があるのか?まさか院政はないでしょうが、考えたことがなかったものですから、テーマには興味津々です。

オスカー・ワイルドに「若い王」という童話があります。享安山人さんもご存知かもしれませんが。
若い王が宮殿を出て、困窮した人々を救って歩くのですが、世の中はさらに不景気になり、民の苦しみは増すばかり。苦悩する若い王に、それまで黙って王の治世を見守っていた年老いた大臣が口を開きます。

「王様が贅沢をしないと宮殿に出入りする商人も職人も困るのです」

…王様は自分の目で見える範囲の人を救うことよりも、今でいう有効需要の創造を、国民から見えないところで果たす方がよほど国民のためになる、と大臣は諭しておるのですな。

そして「悲惨をつくり出された神様は、王様よりもっと偉大なのではありませんか…」と。

青年期に読んで以来、ずっと心に残っている言葉です。

私の歴史小説への夢についての御教示、ありがとうございます。最初はそれこそ『アルト・ハイデルベルク』のようにどこかの小さな公国あたりを舞台に、と思っていたのですが、やはり公や大公よりは国王陛下を主人公にしたほうがなんとなく映えるだろう、しかし王国は当時ドイツ地域では仰る通り割りと少ないのですよね。まだ官僚組織も整っていなかったようですし、ドイツ帝国や大日本帝国の延長にすれば一種の時代錯誤を生じかねません。ドイツといっても地域差は大きいですし、バイエルン王国を参考にして北ドイツ地方を舞台にすれば随分おかしなことも出てきましょう。少なくとも表に出せるものを書くにはまだまだ勉強ですね。

摂政についても知識がありません。プロイセン王のフリードリヒ・ヴィルヘルム4世が不幸にも精神を病んでから王弟で後のドイツ皇帝ヴィルヘルム1世が摂政の任に当たったことは知っていますが、それは両者ともに成人後のことですし。
ワイルドの『若い王』は読みました。王の善意が却って臣民の不幸を生んでしまう哀しい、そして美しい物語でした。王の善意それ自体は尊敬すべき美しいものだけに。書棚にありますので、今一度読み返しますね。

享安山人さん、お返事ありがとうございます。

「アルト・ハイデルベルク」とはまた懐かしい題名を聞きました。あれは確か、カルスブルクという架空の公国の公子が主人公でしたね。

プロージット!カール・ハインツ、君の健康を祝す!

ハイデルベルクの大学町が舞台で、宮廷はほんのちょっとしか出てこなかったように思います。

仰せの通り、ワイルドの童話は美しく、痛みに満ち、思いのほかの深さがありますね。

「幸福な王子」の、小さなつばめさん、君はいろいろな不思議な話を聞かせてくれるが、男女の愛ほど不思議なものが、この世にまたとあろうか。悲惨にまさる神秘はない。
misely more than mistery… なんてね。昔はこういうワイルドの詩的な表現に、すっかりいかれたものです。

ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ルードヴィッヒ」で、ルードヴィッヒ二世のバイエルン国王への即位式の場面があり、興味深かったのは、式の後、大司教が若い王に向かって「王になればますます救いの道からは遠ざかると思え」と、諭すシーンがあったことでした。

救われないとは言ってないのですが、大きな権力と財力を握り、またそれに群がる人々に取り囲まれて暮らすことは、魂にとってけっして恵まれた状態ではない、と警告を発しているのでしょうね。
キリスト教世界の一端として、大司教の非常に厳しい口調が印象深かったです。

レッドバロンさん、重ねてありがとうございます。『アルト・ハイデルベルク』ではある翻訳が「大公陛下」となっていたり、何故と疑問符を付けざるを得ないものもありますが、それでも面白いし、且つ物悲しいですね。戦前は盛んに劇場で公演されたと聞きます。

御承知と思いますが、オーストリアのハプスブルク家の皇帝の御大喪のことを『ルートヴィヒ』での言葉から思い出しました。うろ覚えですが、皇帝の棺が愈々教会の陵墓に入っていこうとする時、中から大司教が問いかける。「何者ぞ」と。
そして棺に付き添う者が「この方は皇帝フランツ・ヨーゼフ1世陛下・・・」と答えると、「そのような者は知らぬ。立ち去れ」と。遣り取りを繰り返し「憐れなる罪人なり」と答えてやっと棺が入ることを許される、と。神の前にはハプスブルクの皇帝陛下といえども一個の罪人に過ぎないことを知らしめる厳粛も厳粛な儀礼ですね。

今年夏、最後の皇帝カール1世の皇太子オットー殿下の御葬儀がオーストリア政府によって旧皇室の儀礼に則って行われています。私もインターネット画像でその一部を見ることが出来ました。もう帝政に戻ることはないのでしょうが、オーストリア国民が旧皇室に懐く敬愛の念を知ることが出来ました。

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