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内村鑑三「非戦主義者の戦死」(『内村鑑三信仰著作全集21』教文館)

世はわれら非戦主義者の勧告をいれず、冷静の思想は熱情の支配するところとなりて、ついに戦争を開始するに至り、そうしてその定めし制度により、国民の義務としてわれらにも兵役を命ずるに至らんか、その時には、われらは涙をのみ、誤れる兄弟の難におもむくの思念をもって、その命に従うべきである。かくするのが、この悲惨なる場合においては、戦争を廃止するに至らしめる最も穏健にしてかつ最も適当なる道であると思う。もしこの時にあたって兵役を拒まんか、疑察をもって満ち充ちたるこの世は、われらを目するに卑怯者をもってし、われらの非戦論なるものは生命愛惜のためであると信じ、われらの説を聞くも、これに耳を傾けざるに至るであろう。かつまたわれらにして兵役を拒まんか、ある他の者がわれらに代わって召集されて、結局われらの拒絶は他人の犠牲に終わることとなれば、われらはその人たちのためにも、自身進んでこの苦役に服従すべきである。ことにまた、すべての罪悪は善行をもってのみ消滅することのできるものであれば、戦争も、多くの非戦主義者の無残なる戦死をもってのみ、ついに廃止することのできるものである。可戦論者の戦死は、戦争廃止のためには何の役にもたたない。されども、戦争を忌みきらい、これに対して何の趣味をも持たざる者が、その唱うる仁慈の説は聞かれずして、世は修羅のちまたと化して、彼もまた敵愾心と称する罪念の犠牲となりて、敵弾の的となりて戦場に彼の平和の生涯を終わるに及んで、ここに初めて人類の罪悪の一部分はあがなわれ、終局の世界の平和はそれだけこの世に近づけられるのである。これ、すなわちカルバリー山における十字架の所罰の一種であって、もし世に「戦争美」なるものがあるとすれば、それは、生命の価値を知らざる戦争好きの猛者の死ではなくして、生命の貴さと平和の楽しさとを十分に知りつくせる平和主義者の死であると思う。博愛を唱うる平和主義者は、この国かの国のために死なんとはしない。されども戦争そのものの犠牲になって、彼の血をもって人類の罪悪を一部分なりとあがなわんためには、彼は喜んで、しかり、神に感謝して、死に就かんとする。この心をもって出陣せる平和主義者は、死せんことを欲して生きんことを願わない。彼は彼の殉死によって彼の国人を諌めんと欲し、また同胞の殺伐に快を取る、罪に沈める人類に悔い改めを促さんとする。

逝けよ、両国の平和主義者よ、行いて他人の冒さざる危険を冒せよ。行いて、なんじらの忌みきらうところの戦争の犠牲となりて倒れよ。戦うも、敵を憎むなかれ。そは、敵なるものは今はなんじになければなり。ただ、なんじの命ぜられし職分を尽くし、なんじの死の、贖罪の死たらんことを願えよ。人はなんじを死に追いやりしも、神は天にありてなんじを待ちつつあり。そこに、敵人と手を握れよ。ただ死に至るまで平和の祈願をなんじの口より絶つなかれ。

日露戦争開けて以来、余輩は今日まで幾度となく、この言葉をもって、余輩の友人の出陣を送った。そうして彼らは喜んでこれを承け、銃を肩にするのみならず、「立つに誠実を帯として腰に結び、義を胸当として胸に当て、平和なる福音の備えを靴として足にはき、信仰の盾を取り、救いのかぶと、および聖霊の剣を取って」(エペソ書6・14以下)快く戦場に臨んだ。そうして、ひそかに彼らが戦場においてなしたるところを聞くに、彼らの勇気において、活動において、ことにやさしき彼らの大和心において、彼らは少しも他人の背後に出ないとのことである。彼らのある者はすでに弾丸に当たって倒れた。ある者は海底のもくずと化した。しかしかれらは終わりまで神を信じ、平和を愛し、死に臨んで心を深き人生問題に注ぎ、希望と平和と感謝のうちに、身を戦争の犠牲としてささげた。非戦論者が最も善き戦士を作るとは、大なる逆説のようには聞こゆれども、しかしがなら、これは否認しがたき著明なる事実である。彼らはキリスト的紳士(クリスチャン・ジェントルメン)として戦場に倒れて、戦争全廃のためにひろき道を開いた。世に非戦主義が実行せらるる暁に至って、その栄光を担う者は、余輩のごとく家にありて筆をふるうて非戦論を唱うる者ではなくして、戦場に出でて生き血をそそいで戦争の犠牲となりし、これらの非戦主義者である。願わくは永久の光栄、彼らの上にあれ。

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コメント

吉田健一氏がケンブリッジに留学していた時のことです。指導教授のL、ルーカスに、西洋人は何が善かを考えるけれども、どうも日本人は何が見事かを考えるように思うと話したところ、「それがギリシャ人の考え方なのだ」という答えが返ってきたそうです。ルーカスはギリシャ学の大家でした。

キリスト教は内面の信仰でありましょうから、神の前で真実であり、また信仰に忠実であれば、外形的な国家・社会からどのように思われようと関係ない…と考えそうですが、内村はそうではなかったのですね。

日本人は古代民族の精神的な生き残り?の面があり、武士道は外面道徳の極まった感があります。それでルーカスの言葉を思い出したのでした。

内村の言葉はもちろんキリスト教精神の奥深いところから出たものでありましょうが、それ以前にわが封建武士の面差しをまざまざと感じさせます。生意気な、また変ないい方かもしれませんが、内村鑑三のような人物がキリスト者になったのは、日本のキリスト教にとっても幸福なことでありました。

あのレーニンでさえ、或る人物を評し、このように表現しました。「敵にさえ称えられる…」と。
思想や立場は違っても、一個の男子として、これに勝る賞賛の言葉はないのではないでしょうか。

レッドバロンさん、こんばんは。コメントをいつもありがとうございます。

吉田健一氏のお話は全く存じませんでした。いかに見事であるか、は決して内面を軽視するものではなく、寧ろ内面を磨くことを意識すればこそ見事な振る舞いが出来るのでしょうね。昭憲皇太后のお言葉「金剛石も 磨かずば 珠の光も 沿はざらむ」を思います。

内村の弟子の矢内原は神さまの御前に義であれば、己が官憲や世間にどう思われようが構わないと迫害の中で考えていたふしがありますが、武士道を生身のものとして実感できた内村との師弟の微妙な違いかもしれません。ただご存知の通り、矢内原も兵役拒否は少なくとも戦前、戦時下は説いていないのですよね。子息の伊作氏も出征しています。矢内原はその出征を駅まで見送りました。祖国日本が神の前に罪を犯しているのであれば、自らが犠牲になってその罪を引き受けよ、とも説いています。哲学者の高橋哲哉氏は自己犠牲の考えを否定しているようですが、自らがその説く所の犠牲になる覚悟が無い限り、どんな思想も生命を保てないでしょう。自分自身が惰弱なことを見つめれば見つめるほどそう思うようになりました。

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