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言葉と信念を大切にしたい

先々日の日曜日、教会から帰宅して
とある関西限定の討論番組を見ていたのですが
ある「論客」が保守系言論人として雛壇に座っていました。
その人物については余りいい思い出がありません。

だいぶ昔のこと、別の番組でその人が保守系を自称しつつ
「天皇制なんて緩慢に終わってますよ!」と吐き棄てるように言ったのが
どうしても忘れられないのですよね。

いやしくもこの日本で「保守」を称するのならば
どうして皇室を「緩慢に終わっている」と見棄てるのか。
必死で皇室を支えようと努めないのか。
その存在価値を世上に言論人として訴えようと努めないのか。

そんな深刻且つ真剣な疑問を抱きました。

ただ、自戒として次の話を紹介します。

明朝第2代の建文帝が叔父の燕王(後の永楽帝)に謀反を起こされ、
帝都南京の陥落も目前となってしまったある夜。
建文帝の忠臣を自負する近臣数人がある邸で痛憤しつつ語り合いました。
ある者は忠義に死すべきことを激語し、
ある者はただ黙って涙を流したとか。

それを見ていた邸の主人曰く、「真に忠義に死ぬ者は、ただ泣いていた彼である。」と。
帝都が陥落し、建文帝が行方不明になった後、
あくまで皇帝に忠節を貫いて殉死したのは果たして彼であったとか。

忠義に死ぬべしと檄を飛ばしていた近臣は、なんと
謀反人の燕王に即位を勧める筆頭と成り下がっていました。

その変節漢とて、激語している間は真剣だったかもしれません。
しかし人の「決意」とはかくもうつろいやすいもの。

主イエスを「決して見棄てない」と誓った一番弟子ペテロは
いざとなれば何度もイエスについて「知らない」と言い、
挙句はイエスへの呪いの言葉を口にして保身を図りました。
ペテロはそれを激しく悔いて泣き叫び、彼を主は赦し給うたのです。

後にペテロはその信仰と殉教の死によって初代ローマ教皇と称されるようになりました。
願わくは、私がもしペテロと同じ所業をするに至っても、
真実の悔い改めによって主なる神への信仰、我国の君主への忠節を貫かしめ給え。

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