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「誓ってはならない」

主イエス・キリストが私たちを誡められた御言葉です。
人間の「絶対に」「誓って~する」といった言葉の危うさ、移ろいやすさを
誰よりも御存知の御方だからこそ発せられた戒めでしょう。

第一次大戦終結間際、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は
共和革命に与していく軍隊を目にして
「(神の御名の下で為された忠誠の)誓いを忘れたのか!」と激昂した所
ある将軍に「宣誓など今となっては何の意味もありません」と言い返されたとか。

さらに昔、変節漢として知られるフランス大貴族のタレーランは
七月革命の折、新王ルイ・フィリップに
「いやはや陛下。これで七回目の(異なる政体への)宣誓でございます」と
恥じ入ることもなく言ってのけたとも。

主の御言葉の一方で基督教世界には数多の「誓い」があります。
私も洗礼を受けて日本キリスト教会に入った際に
幾つか神の御名の下に誓いを為したことを思い出します。
牧師の問いに対して会衆の前で「はい、誓約します」と。
その誓いに沿った基督者としての生き方をしているとは到底言えません。
それを実践すべく尽力する、否、そうあるべく主に祈るべきなのですが。
その辺り、神学上はどうなっているのかと考えることもしばしばなのです。

誓いならぬ今年に自らに課すことの第一。
『ローマ帝国衰亡史』を読了して折に触れて感想を記していくこと。

目標を定めることも良書を学ぶ際の心得でしょう。

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