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マイノリティは「道徳的優位」にあるのか? 明成皇后惨殺事件犯人の「子孫が土下座」と松本剛元復興担当相の事件に思う

マイノリティというのは「道徳的優位」にあるのだろうか?
社会で少数派だから、差別される位置にあるから、被害者だから
「多数派」「差別する側」より優れているだろうか?

最近書物やインターネット上で
「マイノリティは、被差別者は差別する人々より道徳的に優位にある」
という言説を散見するが、私は思う。

「マイノリティ側が、『我々は差別されている』と
声高に叫ぶことで相手より優位に立とうという
心積もりがあるのなら?」と。

「俗も俗な差別肯定の詭弁だ」という反論はあるだろうが
100年以上前の明成皇后惨殺事件で加害者の「壮士」の子孫を
皇后の陵前で土下座させている韓国人団体を知って以降
私の偽らざる本音はこうである。

「自分の先祖が被害者だったことを引き合いに
歪んだ自分たちの自尊心を満足させているだけじゃないのか」と。

ましてや、その「差別」自体が既に解消されているのなら?
先日松本剛元復興担当相が傲岸不遜な態度で辞職に追い込まれたことは
記憶に新しいが、その件についてある人の感想。
「資産9億のゼネコン幹部で、祖父が解放同盟のお偉いさん(治一郎)で
世襲で『部落解放同盟』の幹部やってる?
全然イメージ違ったなあ。解放同盟の幹部なんてほんとたたき上げの
差別に苦しんできた人がやるもんじゃないのか?」

おまけに「九州人だから、B型だから」と言い訳し、挙句は
「躁病だから時に心にも思っていないことを言ってしまう」と医者に弁解させていた。

強迫性障害に躁鬱病の私にとっては、
このような卑劣な言い訳は大迷惑も迷惑である。
人間は、完全な心神喪失状態でもない限り、
自分の言動には責任を負わねばならない。
それはたとえ精神障害者であっても例外ではない。
無論私もそうである。
自分の言動に責任を負えない人間は、一秒でも早く国会議員の職を辞するべきであろう。

北朝鮮での凄まじい人権侵害に対して戦っている活動家のような人は
真に差別されている人々の為に戦っている。
しかし、世上で「マイノリティ」云々と言われる時には
「この人たち、本当に『差別・迫害される側』なのか?」という吟味は
絶えず必要であろう。

補遺(10月26日)
私には、醜悪な差別心があるのは認めざるを得ない。
あらゆる面において日々、それとの戦いである。
しかし、差別する心というのは、全ての人間に普遍的にあるものというのが
私の見解であり、それは多数派、少数派のいずれに属していても変わらない。

結局は己との戦いに帰着するのだろう。

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