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再び教会の平和懇談会について

休日の今日(木曜日と日曜日が私の定休です)を利用して
来週21日が締め切りとなっている教会の会報の原稿を書き綴りました。

450字が上限だったのですが、750字と2倍弱になってしまい
今後文書委員の方がどう対応されるか心配なのですが
もし私自身のより詳細な感想も含めると1000字でも足りません。

いつも歴史や戦争について考える時には
さきの15年戦争に思いを馳せています。

さいきん強烈に心に響いたのは矢内原忠雄が
戦時下に長野県の松本で講演した談話をまとめたものでした。
日本精神を本当に純化させるには嘗て仏教を導入したように
キリスト教を日本は導入せねばならぬ、個人の人格と責任という考えを
キリスト教によって日本に齎さねばならぬ、
そしてキリスト者は世間に排撃されること、罵倒されることを覚悟せねばならぬ
それに耐え、その世間の人々の為に祈らねばならぬ、と。

苦難の時にあって日本人キリスト者の取るべき姿勢を
切々と語る矢内原の姿は文字を通しても圧巻でした。
「惰夫をも感奮せしめる」とはこういうことをいうのだろうな、と思います。
本は矢内原忠雄『戦時下松本講演集』(新地書房)です。

8月の平和懇談会で発表した資料で最後に述べたことを
再び自ら述べておきます。

先の戦争で命を奪われたすべての人々に
主なる神が御慈愛を賜るように、そして先人と私たちの罪をどうか
御赦し下さるよう祈ります。

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