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聖なる狂人・佯狂者 イヴァン雷帝時代を通して

参議院選挙のこの日、既に期日前投票を済ませていた私は
教会での礼拝から帰った後、
川又一英『イヴァン雷帝-ロシアという謎-』(新潮選書)を
読み耽っていた。

雷帝の陰惨な統治の中で強烈な存在感を輝かせる存在、
それが聖なる狂人-佯狂者-である。
一切の世俗の栄誉と富を拒み、貧窮の中に自らの身を置いて
神への信仰、ただそれだけを追求するのがロシア正教で
聖なる狂人と呼ばれた人々である。

ツァーリを否定はしないが、地上のツァーリよりも天上のツァーリに従う。
それが彼らの生き方であった。
彼らは暴虐を極めるイヴァン雷帝へも
些かの怖れも無くその非を面と向かって糾弾する。
アレクセイ・トルストイ『白銀公爵』(岩波文庫)には
モスクワの市場で処刑された人々を悼み
彼らと運命を共にすべく雷帝を面と向かって痛罵する
聖なる狂人の姿が感動的に描かれている。

雷帝がプスコフの街で大虐殺を始めようとした時、ミクラという佯狂者がいた。
ミクラは裸に鎖を巻きつけた姿で暮らしていたが、雷帝が庵室を訪れると
皿に生肉を盛って差し出した。雷帝は住民の大虐殺を始めようとしつつ
斎戒を守る「信心の篤い」人間である。怒った雷帝にミクラは言う。

「イヴァンよ、そなたは人間の血肉をすすっているではないか。ものいみどころか
神のことさえ忘れておる。よいか、この町では無辜の民に手をかけてはならぬ。
そのようなことがあれば、即刻雷がおまえの命を奪うだろう。」

地上の人間は恐ろしい。悪意に曝されるのは恐怖であるし
肉体に害が、さらには命まで害されるのは恐怖以外の何物でもない。
ましてや相手が多くの民の生殺与奪を恣にする暴君なら
なおのことである。だが私たちが真に畏れるべきは
肉体を殺すだけの人間ではなく、魂をも滅ぼすことの出来る
主なる神である。

人間として最大の恐怖に打ち克った崇高な佯狂者たち、聖職者たち、
彼らのような人間が出たのはロシアにとって誇りであるし
何よりも彼らに深い信仰と仁愛を賜った主は讃えられるべきかな。

私は佯狂者のような人間にはなれるとは思わないし
雷帝の治世のような時代に生きたくもないが
不幸にも万が一、そのような時代に生きることになれば
佯狂者たちの勇気を信仰によって与えられるようにと祈る者である。

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