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講演会「救世軍について―その歴史と現在―」を聴いて

先日木曜日、作業所には休みを頂いて、京都御所西隣にあるNCC宗教研究所で開かれた講演会を聴きに行った。講師は丸畑幸夫四国学院大学教授。軍隊形式と言う極めて特殊な組織形態を採るキリスト教の一派・救世軍の士官(聖職者)であり、士官学校校長(神学校校長)などを務めてこられた方である。

予定通りの電車に乗って京阪丸太町駅に着いたのだが、思った以上に研究所までたどり着くに時間がかかりそうだったので急ぎ足で京都御苑を東西に横断、公開中の閑院宮邸跡を横目にして過ぎ、旧有栖川宮邸の北にあるパレスサイドホテルの敷地内にある研究所につく。招待してくださった所長(私と同じ教会員でもある)に挨拶と御礼を述べた後席につく。

丸畑教授は救世軍公報「ときのこえ」を用いて講演された。まず創立者のウィリアム・ブース救世軍大将(ここでいう「大将」とは救世軍の階級名。「中将」「少佐」などすべてそうである)が繁栄を誇るヴィクトリア朝ロンドンの影の面である貧民窟で当時の社会、そして教会からも疎外された貧民たちの為に伝道を始めたこと、その社会事業の方針の如何について説明。その中で心に残ったのが、

「光について論ずるよりも、一本の蝋燭を掲げよ」

との言葉である。次いで日本救世軍を語る際に忘れてはならない山室軍平救世軍中将に話が及んだ。平成の現代「援助交際」などという忌まわしい現象が生じている中、その偉業は一部を除いて忘れられているかもしれないが、廃娼運動を通じて悲惨な境遇にあった多くの娼妓を解放した功績は永く語り継がれるべきであろう。徳富蘇峰は山室中将を弔う詩で「眞醇基督者」との言葉を捧げた。山室が徹底して平民の為の福音を説き、平民の為の社会事業に邁進したことは深く記憶に留められて然るべきである。

講演が終わって質疑応答に移り、私は、教授が嘗てNCC宗教研究所長の教えを受けてから、そのカルヴィニズムと救世軍の教理の間で長い間煩悶したが最近調和を見出したとの話につき、どのようなことなのかとお伺いした。教授は「カルヴィニズムの選びの教理は、神の人に対する一方的恩寵についてのもので、決してメソジスト教会の流れを汲む救世軍の教理とは矛盾しないものであるが、ただ予定説についてはまだ完全な解決を見出していない」との趣旨を答えられた。選びの人間的見地による「主に選ばれている人と選ばれていない人がいる」とのカルヴァン主義者の二元論には私も疑問どころか大いに苦悩した。その中で接したカール・バルトの「主イエス・キリストは御一身に選びと滅び(棄却)を担い給うた」との主張には大いなる慰めを見出したものである。それだけに教授のお話は身にしみるものがあった。また軍隊組織が現代で果たして相応しいものかとの所長さんの質問には、その軍隊組織を活かして阪神淡路大震災の折には迅速に救援活動に赴くことができたと答えられていた。

今回あらためて学んだ山室軍平のほか、日本キリスト教会の源流ともいえる植村正久、そしてかねてから接してきた内村鑑三など、明治はなんと偉大な宗教者たちを生んだことか。学問においても実生活においても、そして何よりそれらの基盤となる信仰において、主の御導きの下先人に学んでいきたいと思う。

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