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ネパールの王制廃止で思う

ミャンマーのサイクロン大災害や中国の四川大地震など巨大且つ悲惨な災害が続いていますが、それらに比べると日本では余り報じられない事件について考えてみました。

ネパールで、240年続いた王制が廃止になりました。一言で言えば、ギャネンドラ王の憲法を無視した専制政治に怒った国民が共和制を選択したのです。専制政治への怒りだけではなく、先代のビレンドラ王とその一家の惨殺事件の結果玉座を手にしたギャネンドラ王への深い疑惑、国民の困窮を尻目に王室関連予算を四倍に増やしたりしたこと、目的不明瞭な外遊(要は遊興ということでしょう)、そしてパラス王太子によるひき逃げ死亡事故など王族の犯罪・不品行に民衆が匙を投げたということのようです。

私は保守的心性の持ち主として、我が皇室に深い尊敬の念を抱くだけではなく、歴史と伝統に基づいた諸外国の王朝にも敬意を有するものですが、このシャハ王朝の末路は自業自得であると言わざるを得ません。血統の高貴さに驕り、民に慈愛を施して徳を積むことを忘れた王朝の辿る必然的結果といえます。我国でも既に14世紀に花園天皇が『誡太子書』で皇太子量仁親王(光厳天皇)に同様の訓戒を垂れておられます。万世一系の皇統ということに慢心し、日本では永遠に革命などないと自惚れていれば「土崩瓦解」に至る、と。

単に君主制の興亡というだけではなく、一個人の生き方にとっても教訓となる事件なのではないかと思います。

私の見解が道徳主義的に過ぎるという意見もここを御覧の方にはあるかもしれません。しかし私は、歴史から生きる教訓を学び取るという昔ながらの姿勢、つまり事実をただ事実として見る学術的な立場以外の観点もあっていいのではないかと思います。歴史を道徳的に学ぶという姿勢が吉田松陰ら多くの先人の生き方を決定付けてきたということからも、道徳主義的な歴史観は学問的姿勢と同様に大事なのではないかと思うのです。

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歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

おはようございます☆

王政も難しいものですね・・・
我が国で
>14世紀に花園天皇が『誡太子書』で皇太子量仁親王(光厳天皇)に同様の訓戒を垂れておられます。

これには感銘しました!!
この頃の日本には仏教が盛んだったと思うのですが
私の知っている仏教の教えにも通じるものがあり、
王政といえば王が頂点ですからその頂点に立つものの謙虚な姿勢は国政に大きく関わってくる。
今回の享安山人さんのブログで知った事件を読ませていただいても聖書にもあるように人の上に立ちたい者は人の下にいなさい。だったかな?
すみません。聖書箇所を覚えるのが苦手なのでそのままの御言葉が出てこないのですが古代のイエス様が教えてくださっている人の道(道徳)や信仰の中にも驕ってはならないという事は遥か昔から人の心の隙なんだなぁ・・・
と思わされました。
自分、割りと注意が必要かもしれません。
いえ!私が人の上に立っているという意味ではなく、人の道として外れてはならないという戒めを新たにしたという事です。
ありがとうございます!!
<(_ _*)>

「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」(マタイ20章26節―28節)

花園天皇も光厳天皇も仏教、そして儒学に深く通じておられた方でした。民の為に祈り、政治を司ることを心掛けられました。御二人の生きた南北朝時代は皇室から民衆に至るまでの日本人が数多の苦しみを経なければならなかった時代でした。だからこそ「誡太子書」の言葉も実感があります。先人から多くの事を常に学ばされる毎日です。

私は以前ネパールに訪問したことがあります。ネパールは街中が汚く不衛生で文明の遅れた国でした。ネパール国民は貧しく学校にいけない子供達が昼間から外国人相手にお金をたかっています。
なのにネパール国王の豪邸は広くて立派で国民の税金で裕福な生活をしています。国王の全財産をネパール国民に還元すべきです!

日本に住んでいるネパール人上層部親戚や兄弟(国王との面識あり)は日本の援助金を横流しして日本に来て尚且つ日本の女性に近ずき仲良くなり結婚したりしておいしい思いをしています。ネパール人の一般国民は貧しい為に日本に来る事ができません。
日本の援助金は貧しいネパール国民にインフラ整備や下水道整備の為の援助金です。日本の援助金を返金してもらいたいです。

創価学会女性信者はネパール人男性と仲良くしようと近すきネパールで学校を造り日本NPO団体を通して税金を水増し請求して創価学会に送金し信者自らもお金を懐に入れています。マスメディアは創価学会の真実を報道すべきです。

>私は保守的心性の持ち主として、我が皇室に深い尊敬の念を抱くだけではなく、歴史と伝統に基づいた諸外国の王朝にも敬意を有するものですが、このシャハ王朝の末路は自業自得であると言わざるを得ません。

これってかなり矛盾していると思うのですが?
日本の天皇家とネパール王室は長い間友好関係にありました。天皇家には「憲法を無視した専制政治」を支えてきた責任は無いのでしょうか?

ところで話は変わりますが、「ものみの塔」が事実上格闘技を禁止していることはご存知と思います。一般のキリスト教会ではそのようなことはないと思っていましたが、「格闘技のほとんどは良いが、銃剣道は戦争訓練だからダメ」というプロテスタント信徒がいました。国体反対運動でも「銃剣道反対」は常に主張されます。貴殿の信仰では銃剣道についてどう思われますか?

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