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教会の青年部修養会

22の夜と23日の朝から大阪府池田市の池田教会で開かれた、日本キリスト教会近畿中会の青年部修養会に参加してきました。和歌山県新宮教会からお招きした堀一善牧師の講演が二日続けてあり、信仰生活における祈りの大切さを学ぶ事ができました。

堀先生の説かれた祈りは、仏教用語で言うならば絶対的な他力本願。私的なことも公的なことも一切の思い煩いを神に訴えて良い、全てを神に委ね任せるというものです。

「主」とは「最後の責任を持つ者」とのお話が強く心に響きました。人のあらゆる罪も悩みも苦しみも、イエス・キリストが代わりに引き受けて下さっているというのがキリスト教の信仰であるのだと。

「信仰とは、神の差し出される恵みを拒まない事だ。」

今日学び得た事実です。

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歴史・宗教」カテゴリの記事

コメント

心に響いた青年会の修養会に参加なされて、よかったですね。o(^-^)o

青年会の修養会!
私は行けなくて享安山人さんのここの感想で知る事ができて幸いです。<(_ _*)>
信仰生活については教会生活から少し離れると自分の信仰を問われる出来事が起こる事も多いので
その都度、神様に聴く感じになるかな・・・と思うのです。私の場合。(^^;それには聖書を読む事が私には良い感じです。今年の後半は私が体調を崩したので毎月の青年会にも出席できてなくてみんなとディスカッションしてないので現在少し寂れ気味!!Σ( ̄ロ ̄lll 
また今後とも宜しくお願い致します。<(_ _*)>

それと!ここのブログを紹介したい方がいるのです。社会性不安障害を持っている方です。享安山人さんの強迫性障害とはまた違うのかな?(汗)
<(_ _*)>

享安山人さん、はじめまして、かつ、といいます。
真咲さんから紹介していただいて、こちらのブログを拝見させていただきました。
強迫性障害とは自分ははじめて聞く病名ですが、ブログを拝見させていただくと、とても大変な病気なのだというこということがわかりました。

はじめに精神科に行くのは勇気がいったのではないでしょうか?自分はとても勇気がいりました。

自分の病気は享安山人さんとはちょっと違いますが、それでも自分もかなり苦しんでいます。

自分の病気は社会性不安障害といいます。この病気は簡単にいうと、人が怖くなる病気です。
人と接すること自体がかなり困難になり、そのため社会生活に多大な影響をあたえてしまいます。

人前に立つと、顔や手が震えだし、動悸が止まらなくなり、脂汗がダラダラとながれだします。

病院で血圧を測るとき、看護士さんに触られただけで手がガタガタと震えて、脈を取るのも困難になってしまいます。

でも今は症状はだいぶ改善されてきていて、手の震えはなくなったし、人の多いデパートに出かけても平気になりました。
それでもやはりまだ人前は苦手です。
完治にはもう少し時間が掛かると主治医に言われました。

享安山人さん、この手の精神的な病は必ず治ります。焦らずにゆっくりと治療してください。きっとよくなる日が来るはずです。

それでは、突然お邪魔してしつれいしました。

真咲さん、かつさん、こんにちは。

真咲さん、御自分の心身をゆっくり治しつつ教会へいらしたらいいと思います。何事も焦らずに。主は常に見守っていて下さいます。

かつさん、初めまして。
>享安山人さん、この手の精神的な病は必ず治ります。焦らずにゆっくりと治療してください。きっとよくなる日が来るはずです。

ありがとうございます。かつさんも症状がだいぶ改善されたようで良かったと思います。私も仕事を辞めてから4年かかりましたが、心の調子は随分良くなりました。私の強迫性障害に関する随想は今後も連載していくつもりですので、宜しければ御覧下さい。

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