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オスマン・トルコ帝国の栄華に触れて

昨日京都の三条駅から歩いて15分の所にある京都文化博物館で、オスマン・トルコ帝国の宮廷文化の展覧会を観てきました。http://www.bunpaku.or.jp/exhi_special.htmlトプカプ宮殿に収蔵されていた帝室の宝物が数多く並んでいましたが、金銀細工は当たり前、トルコ石やサファイヤなど目もくらむばかりの宝飾を施した皇帝の日用品、武具その他には圧倒させられました。ただ、同時に「これ程の富を集めるにはどれだけの収奪を必要としたのだろうか」と思ったのも事実です。侵略に次ぐ侵略戦争、それを可能にしたイェニチェリ軍団への基督教徒子弟の徴兵・強制改宗、帝位継承の度に繰り返された凄惨な兄弟殺し、戦争での撤兵に際しての捕虜処刑、ヒトラーが「今では誰も思い出しはしない」とうそぶいたアルメニア人大虐殺・・・。思いつくだけでもこれだけの暗部が帝国にはありました。しかし数百年に亘って続いた帝国をその暗部だけ見てひたすら否定するのは歴史に対する公平な態度ではないでしょう。完備された中央集権体制、イスラム至上が大前提とはいえ、他宗教に対する寛容性、高度な文化。それは間違いなく皇帝を頂点とする帝国の人々が築いてきたものです。

トルコは、ケマル・パシャの下、帝政と訣別し共和制を選びました。トルコ国民自身の選択として他国民はそれを尊重すべきではあります。しかし、共和制樹立を宣言したケマルに抗議した国会議員二人がその場で死刑を言い渡されたという事実は、私の心を暗くさせます。オスマン朝の皇族全員が追放され、欧米に逃れました。仄聞する所では旧帝室の当主は現在ニューヨークにいるとか。その国の全ての人々が生きる権利を保障され、幸福に生きる事が許される、そういう体制を望むのは甘い夢とは言い切れないと信じています。

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