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8月15日・高野山で

今日は高野山金剛峰寺へ車で行ってきました。免許は持っているのですが、強迫性障害、そして人も自動車も多く道も狭い関西地方での運転に不安がある為運転は父に頼み、自宅から片道85km(最短距離)の道を辿りました。高野山麓から金剛峰寺まで延々と狭い自動車道路が折れ曲がって続き、乗っているだけでかなり疲れました。

平安時代の仏像や後白河院御筆の願文(平家一門の霊を鎮める為のもの)などが納められている「霊宝殿」を見学した後、大日如来像が鎮座している大塔、徳川家康・秀忠父子の霊を祀る徳川家霊台(豪奢な装飾を施した権現造。家康の廟だけ鳥居が付けられているが、これは家康が「東照神君」とされた為か)を経て金剛峰寺へ。真言宗の総本山です。周知のように、高野山には宿坊を兼ねた数多の別院があり、参拝者は一泊して精進料理を味わう事も出来るのですが、私達は日帰りです。宿坊のパンフレットには、宿泊者のために「般若湯」も用意されています云々とあるのですが、要するにビール、日本酒などの酒のことです。粋と見るべきか俗化したと見るべきか。

金剛峰寺にある豊臣秀吉の命で建立された建物には、その甥・豊臣秀次が自刃した一間や、皇室の方々が参拝された時の「便殿(御休憩所)」となる奥書院、そして日本一の広さと言われる見事な石庭が。参拝者用の休憩所でお茶を飲んでいるうちに正午を迎え、武道館で行われている全国戦没者慰霊式を想って座りながらですが黙祷を捧げました。その後弘法大師が今も衆生の為祈っているとされる「奥の院」へ行こうとしたのですが既に駐車場も一杯、参道にも参拝者が連なっていたので今回は諦めて帰途につきました。考えてみればお盆なので広大な墓地のある奥の院一帯は人で埋まるのが当然なのですが。

終戦記念日の今日、先の大戦に思いを馳せる方々も多かったと思います。朝日、読売、産経の三紙の社説に先程目を通したのですが、読売の社説に考えさせられるものがありました。http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070814ig90.htm終戦記念日といえば、靖国神社での「A級戦犯合祀」について論議が繰り返される日でもあります。私は基督者の末に連なる者なので靖国神社・護国神社への参拝はしませんが、祈る時には全ての戦没者の為に、所謂戦争犯罪人とされる人々の為にも祈ります。その人々が無実であると主張するのではありません。人々に対して罪を犯したと認めた上で祈ります。お読みになった方々の中には「戦争犯罪人とは平和・人道を蹂躙し国内外数多の人々を死に追い遣り、祖国を破滅させた罪人ではないか。そんな人達の為にも祈るのか」と批判があるかもしれません。私は「彼らも私も罪人だからこそ祈る」と答えます。子なる神イエス・キリストは全ての人々の為に、且つ罪人の為にこそ十字架上で死に就かれたと信じるからです。「自分は戦犯とは違う人間だ」と信じ込んでしまう所にも罪への道はあるのではないでしょうか。

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