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明日教会で

明日は教会で「平和懇談会」が開かれます。憲法9条と20条を中心に、平和主義と政教分離について、基督教徒として如何に考え行動すべきかを皆で語り合うものです。何故か私が司会進行を担当する事になりました。そのような務めは苦手なので、正直気が重いのですが、何とか務めを果たせるよう主なる神に祈る他ありません。明日12時15分に開催、遅くとも2時半までには終わらせる予定です。どのような会合だったのか、明日帰宅してから改めて記すつもりです。

ちなみに私見を簡単に述べると、私は非武装非暴力主義の精神は尊ぶべきものと思っていますが、現在日本の置かれた状況下では自衛隊という武装組織は必要であると考えています。中国、北朝鮮といった周辺諸国は、「平和を愛する」諸国というには余りにも遠い存在です。日本を武力侵略することにより得られる利益<武力侵略によってその国が蒙る被害という図式を成立させるだけの自衛力があれば、他国の侵略を未然に阻止できるのではないでしょうか。但しこの論の重点は「未然に阻止する」ことにあります。「神武不殺」という言葉があります。武の真骨頂は殺さないことにあると(皮肉ですが、東條英機大将が好んで揮毫した言葉とも聞きます)。「不殺」の為の武力なのです。

但し、阻止できなければ、その時は私たちが他国民と殺し合うことになります。その時は、為政者は当然の事、同時代を生きる日本国民もまた「殺す」罪を担わねばなりません。仮に日本が他国を意図的に挑発するならば、また日本から他国へ侵攻するようなことがあれば、主なる神は「殺す」罪を私たちに問い給うでしょう。

しかし。『戦争レクイエムを聴いて』でも触れたのですが、そのような罪を、全人類の罪を私たちに代わって十字架上で一身に背負って下さったのが、主イエス・キリストであるというのが基督教の信仰です。その事を忘れてはなりません。絶望してもならない、希望はあるのだというのが私の、そして我々の信仰です。

政教分離については、戦前の国家神道がもたらした思想、信教面での害を思えば、できるだけ厳格であるべきです。国家は宗教に介入すべきではなく、また宗教団体も政治に直截的に介入すべきではありません。ある方は「自分の教会が『誰某に投票しなさい』というならば、私はその人にだけは投票しない」と嘗て述べました。その話は私の基本信条となっています。

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